第五章・その4
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「ついたわよ」
ものの一時間もしないうちに、シャイアンの街が見えてきた。近くの森のはずれあたりで、シャイアンの変身したドラゴンが着地する。
「さ、降りて。それから私、元の姿に戻るから、むこうをむいてて――」
言いながらシャイアンがこっちを見て、目を見開いた。あまり表情は変わらないが、たぶん驚いたんだと思う。
「なんでその娘まで一緒にいるの!?」
「俺も驚いたよ。だから引き返せって言ったのに、君は聞かなかった」
俺はエルザを抱いたまま、シャイアンの背中から降りた。それからエルザを地面に降ろす。ドラゴン状態のシャイアンが俺を少し見つめた。
「あの、私、人間の姿に戻るから、むこうをむいててくれる?」
「わかった。早く戻ってくれ。ところで服の着替えはあるんだろうな?」
「安心して。このへんに隠しておいたのがあるから」
「そうか」
ドラゴン化したシャイアンに背中をむけて、しばらく待っていると、背後でごそごそいう音が聞こえてきた。
「もういいわよ」
俺は振りむいた。キャロルが服を着て立っている。
「お願い。あらためて言うけど、助けてほしいのよ」
「報酬がでるなら俺は依頼をこなす」
俺は冒険者としての、当然の話を切りだした。シャイアンが眉をひそめる。金は持ってないって顔だった。
「どれくらい?」
「酒と食い物、宿。それから、俺が君の依頼をこなしている間、ここにいるエルザを守っていてくれ」
「――え?」
シャイアンが拍子抜けしたような顔をした。
「それでいいの?」
「宿場で働いてるウェイトレスが持っている額なんて知れてるからな。それよりも、エルザの面倒を頼む。エルザを守りながら、ほかの依頼をこなせるほど、俺は器用じゃない。それで用件は?」
「とりあえず、街まで着て。歩きながら話すから」
言ってシャイアンが歩きだした。俺もエルザの手をとって、あとにつづく。
「キャロルが言ってたわ。獣人のゲインって冒険者は、ひどく頭の冴えた男だったって。私のことを瞬時に見抜いたし、私の知らないことも、簡単に言い当ててのけたって」
「冒険者でいろいろやってれば、あれくらいのことはすぐにできる。まあ、いまは、まるっきり先が読めないけどな」
「それでもいいわ。だから、あなた、私やキャロルが変身できることは知ってるわけね?」
「そりゃ、まあ。だから驚かなかったんだ」
「そうよね。じゃ、あの街のことは?」
「君が話してくれただろう。エルフの組織と吸血鬼の組織が対立してるって」
「そうだったんだけどね。この前、そのふたつがぶつかって、エルフ側が壊滅的な打撃を負ったのよ」
「そうらしいな」
「どうして知ってるの?」
「そのとき、俺も現場にいたんだ」
森のなかを歩きながら、シャイアンがため息をついた。
「キャロルから聞いたとおりね。あれ、あなたの仕業だったの」
「やろうと思ってやったわけじゃない。なりゆきだ」
「同じことよ。それで、吸血鬼側も、ずいぶんと数が減ってね」
「いいことじゃないか」
「少しもよくないわよ」
シャイアンが俺の隣を歩きながら、ちょっとにらみつけた。
「そのおかげで、何が起こったと思う?」
「さあな」
「とぼけないでよ。吸血鬼の親玉が、自分の部下の数を増やそうとしたら、何をするのか、すぐに想像がつくでしょ」
「なるほど、街は全滅か」
言ってから、俺も横目でシャイアンを見た。
「それも俺の責任だって言うつもりか?」
「まさか。それをやったのは吸血鬼の親玉よ」
シャイアンが正面をむいたまま返事をした。
「それに、少し違うわ。吸血鬼の親玉は、街の人間を手下にしようとはしなかったし」
「へえ」
俺は少し驚いた。珍しいな。この俺が見誤ったか。まあ、事前に何か企んでいる相手だったら、大体は見当がつくが、未来のことまで読めるほど俺も万能じゃない。
「じゃ、何を襲って自分の部下にしたんだ?」
「エルフたちよ」
これは本当に予想外の返事だった。俺の手をエルザが握ってくる。
「最初、吸血鬼の親玉の息子が、エルフのボスの娘を仲間にしたのよ」
「へえ」
ヴィンセント、もうやったのか。そのこと事態はいいことだ。
「それで、そのことを知った吸血鬼の親玉が、それはいいって喜んだみたいでね。エルフの残党たちに片っ端から襲いかかったらしいのよ。あとは想像がつくでしょ。たった一日でエルフたちは残らず吸血鬼になったわ」
「ふうん。まあ、吸血鬼になったら、血の親の命令は絶対だしな。裏切りも起きないし、よかったじゃないか」
「どこがいいのよ?」
「皆殺しにされるよりはよっぽどましだろう」
「それが冒険者の言うこと?」
「俺は依頼を受けて仕事をこなしているだけだ。血を見るのが好きなわけじゃない」
「それはごめんなさい。でも、血を見るのが好きじゃないのは私も同じ。キャロルもね」
「ドラゴンに戻れても、人間を襲う気にはならない、か」
「いい人も多かったからね。最初は私たちをドラゴニュートにした大魔導師アーバンを恨んだりもしたけど、いまはこれでいいかって思ってるわ」
「そりゃよかった。じゃ、これからもおとなしくしてくれ」
「私だって、できればそうしたかったわ」
シャイアンがうつむいた。
「でも、それができなかったのよ」
「――ははあ、なるほど。ランベルトか」
言ったら、シャイアンが不思議そうにこっちを見た。
「ランベルトって?」
「吸血鬼の親玉の名前だよ。ついでに言うと、その息子の名前がヴィンセント、エルフのボスはアンソニーで、その娘がメアリーだ。で、アンソニーが、時間制限付きでブレスもはけないけど、キャロルを本来のドラゴンに戻れる術を編みだした。目的は吸血鬼たちを滅ぼすこと。この計画は失敗したがな。で、壊滅状態になったエルフの残党どもをランベルトが手下にした。廃材利用とは、ランベルトもなかなか人間的じゃないか。昔は苦労したんだろう。それで、キャロルがドラゴン化できることを知った。一部のエルフたちは、アンソニーの計画を聞かされていたみたいだからな。そいつらを手下にしたら、そのへんの情報は筒抜けになる。さて、ランベルトはどうしたか。単純に考えて、自分よりも強い存在なんて、ランベルトが認めるわけはない。俺のことも手下にしたくないなんて言ってたしな。ということは、ランベルトはキャロルを殺そうと――いや、違うな。だったら、君たちは昼間のうちに、ほかの街へ逃げだせば済むだけの話だ。ドラゴン化して空を飛べば、吸血鬼たちが夜の間に移動できる距離を超えた場所まで行けるはずだしな」
言って、俺は少し考えた。
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