第五章・その3

 俺はエルザたちから背をむけた。さ、ギルドに戻って、夜はザルトたちと腕相撲でもやって遊ぶか。俺が変身しない状態で片腕、ザルトが両腕で勝負するくらいで、ちょうどいいハンデになるだろう。そのまま歩きだした俺の前方の曲がり角から、バタバタと音がして、いきなり人影が飛びだしてきた。


「あ、いたいたゲイン! 探したのよ!!」


 黄色い女の声が俺の名前を呼ぶ。誰だと思って顔を見て、俺は驚いた。エルザを救出しに行ったとき、むこうの宿でいろいろ教えてくれた、ドラゴニュートのシャイアンである。なんでここにいるんだ。


「あれ? シャイアン?」


 俺の背後で、エルザも不思議そうにつぶやいた。そりゃ、そうなって当然だろう。シャイアンのあとを追うみたいにして、ザルトも顔をだす。こっちはこっちでずいぶんと慌てた感じだった。


「おいゲイン、この娘、なんなんだ。俺がギルドで飲んでたら、いきなりやってきて」


「はい、皮鎧と剣!」


 ザルトの言葉なんて聞いてない調子で、シャイアンが俺の前までやってきて両手を突きだした。俺の皮鎧と剣を持っている。


「おまえ、これ、俺の部屋に勝手に入って持ってきたのか」


「急いでたのよ。仕方がないじゃない。ほら、早く身に着けて!」


「急いでたって、何があったんだ?」


「あとで説明するから!」


「お、おう」


 訳がわからないまま、俺は皮鎧を着こんだ。脇の下の紐をしめている間にシャイアンが話しはじめる。


「キャロルから聞いたわよ。あなた、キャロルとも会ったそうね。それも、キャロルが元の姿に戻っていたのに、喧嘩して引き分けたって。あなた、そんなに強いの?」


「は? まあな」


「だったらちょうどいいわ。あの街で大変なことになってるのよ。だからお願い、私の依頼を聞いて」


「そりゃ、かまわないけど、あの街に行くまで三日はかかるぞ」


「すぐ行けるわよ。むこうをむいてて! あなたも!!」


 訳がわからないまま、俺は背をむけた。ザルトも俺と並んで背をむける。その視界が、急に暗くなった。日影になったのである。同時に、びりびりと、布を破くような音がした。


「あ、すごい」


 俺とは違い、背をむけなかったエルザが上を見あげた。一緒にいたミーザとセイジュが目を丸くする。


「なるほどな」


 キャロルだけじゃなくて、シャイアンもだったか。


「もうそっちをむいていいか?」


「いいわよ」


 という低音の声は、はるか上空から聞こえた。俺が振りむくと、シャイアンの姿はなくて、代わりにドラゴンが立っていた。


「ヒー!!」


 俺の横で情けない悲鳴をあげたのはザルトだった。まあ、普通はそうなるか。


「ドドドドラゴン!? 一体どこから」


「早く私の背中に乗って! このまま一気に飛ぶわよ!」


「わかった。乗るぞ」


 俺はドラゴンの翼につかまり、そのまま背中にへばりついた。


「――おいゲイン」


 ザルトが呆然とつぶやいた。


「朝、おまえが言ってた、ドラゴンとやりあったって話、あれ、まさか本当の」


「じゃあな」


 俺がザルトに言うと同時に、シャイアン――だったドラゴンが、ばっさばっさと翼をはためかせはじめた。すう、とその身体が上昇する。直後、シャイアンが翼の動きをとめた。それでも上昇はとまらない。以前、聞いた話によると、ドラゴンは翼のはためきではなく、魔力で空を飛んでいるそうだが、あの話は本当だったか。


「行くわよ。しっかりつかまってて」


「おう」


 俺の返事と同時に、シャイアンが、街のある方向へむけて一気に移動を開始した。


「おいゲイン!」


 背後からザルトの声が聞こえてきた。なんだ? 自分もつれて行けってことか? だったら無理だ。俺は他人の命を守りながら依頼をこなせるほど器用じゃない。


「ゲイン! ゲイン!! ゲイン!!」


 どんどん遠くなる声が、相変わらず俺を呼んでいた。仕方がないと思いながら振りむく。ザルトが手を振っていた。


「おまえはつれて行けないぞ!」


「行きたいなんて誰が言うか! そんなことより、そのお嬢ちゃんが!」


 言われて気づいた。遠くなるザルトの隣で、ミーザとセイジュがおろおろしている。それだけだ。エルザがいない。あれ、どこに行ったのか――と思いかけ、俺は目を剥いた。俺のすぐ横で、エルザまでシャイアンの背中にへばりついている!!


「シャイアン、引き返せ!」


「さあ飛ばすわよ!」


 俺の声なんか聞いてない調子でシャイアンが言い、同時にいきなり飛行速度が増した。俺の横でしがみついていたエルザがころんと手を離す。しがみついていられなくなったらしい。


「あぶねえ!」


 俺は両足でシャイアンの背中をはさみながら、両手でエルザを抱きしめた。もうすでに、教会の屋根がはるか下に見えるって高度である。


「なんできたんだ? いま落ちたら死んでたぞ」


「ゲインが助けてくれるって思ってたもの」


 俺の腕のなかで、エルザが笑いかけた。


「それに、私も、シャイアンや、キャロルや、メアリーのことが気になるし」


「君みたいな都の人間が心配することじゃない」


「差別はよくないわ」


「正論だな」


 俺は天を仰いだ。ミーザの依頼を無事にこなしたと思ったのに。そのまま俺は、シャイアンの背中に乗って、またもや街まで行くことにした。

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