第五章・その2
「私の母は、大魔導師などと呼ばれておりましたが、それでも、時間の流れには勝てませんでした」
ギルドから場所を変えた俺たちは、ひどく高級なレストランで食事を摂ることになった。普段の格好だと場違いなので、一応、皮鎧と剣は宿に置いてきたのだが、それでも、なんとなく居づらい。こんな場所で飯を食うのは何年ぶりだろうか。
「まあ、どうしたって、そこは人間だからな」
俺は肉料理を口に運びながらうなずいた。俺の横では、エルザが嬉しそうにポタージュを飲んでいる。
「ですが、だからこそ、人間の長寿と平和を何よりも望んでいたのだと思います。なので、倒した魔王の遺骸を都に運び、最後まで、不老不死の研究に人生を費やしました」
「研究は難航してるって聞いてるけどな」
王族は永遠の命を望むのが普通だ。吸血鬼とかエルフもいるが、前者は夜しか行動できないし、後者は人間に感染するような代物じゃない。
「それから、最後まで、ともに魔王と戦った、自分以外の五英雄のことを、よく私に話してくれました」
ここで、どういうわけか、ミーザの隣に座っているセイジュが、ちょっと恥ずかしそうにした。ミーザが笑顔でセイジュのほうをむく。
「私の夫は、五英雄のひとりで、魔王にとどめを刺した聖騎士ガーディアの息子、セイジュです」
「あ、そうだったのか」
俺はセイジュを見た。全然気づかなかったな。セイジュが申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべる。
「まあ、私は、父の跡を継がずに、妻と同じく、魔導師という職についたわけですが」
「その辺は好きにしていいんじゃないか。親の人生は親の人生、子供の人生は子供の人生だ」
言ってから、俺は隣でポタージュを飲んでいるエルザを見た。
「すると、エルザは、魔王を倒した六英雄の、大魔導師アーバンの孫娘ってだけじゃなくて、聖騎士ガーディアの孫娘でもあったわけか。これは恐れ入ったな。無事に救出できて、俺も光栄に思うよ」
「私も、ゲインに会えて嬉しかった」
エルザが俺を見あげて、ニコッと笑いかけてきた。
「それから、母は、獣王ゲインのことも、ずいぶん私に話してくれました。彼は私を助けようとして、魔王に心臓を貫かれたと。ただ、彼のおかげで、魔王を倒す好機が生まれたのだと」
ミーザが俺に笑顔をむけた。
「その獣王ゲインと同じ名前の、しかも同じ獣人の冒険者が、私の娘を救出してくれたのです」
「俺はあんたたちと違って、獣王ゲインの息子とか孫ってわけじゃないんだけどな。知ってるだろう?」
俺が言ったら、ミーザが微笑んだ。
「ええ、確かにそうでしたわね。息子でも孫でもありません。ただ、そういうことは一切関係なしで、本当に、心からお礼を言わせていただきます」
「だったら悪いけど、ここの昼食代もだしてくれないか」
「あ、その点は、ご心配なく」
「そりゃどうも。なんかちょっと高そうな店だったから、実は不安だったんだ」
俺もミーザに笑いかけた。これでもう、心配するようなことは何もなくなった。
あとは普通に会話をして、楽しく食事を終わらせた。
「ねえゲイン、今度は、いつきてくれるの?」
店をでて、ギルドに戻ろうと思っていた俺に、エルザが笑顔で訊いてきた。仕方がないので笑い返しながら、エルザの頭をなでてやる。
「俺の仕事は終わった。あとは辺境で仕事をするさ」
「え」
俺の返事に、エルザが困ったような顔をした。
「じゃ、ゲインとはお別れなの?」
「俺みたいな奴よりも、ずっと上品で、頼れる護衛をお父さんたちが雇ってくれるってさ」
「私はゲインがいい」
「俺は冒険者だ。都で不老不死の研究をしているお偉い魔導師様の依頼なんて、本当は受けられる立場じゃないんだよ。今回は特別だった」
言って俺はエルザの頭から手を離した。ミーザと、セイジュに目をむける。
「じゃ、そういうことで。あなたたちふたりの笑顔も見られて、俺も幸せでしたよ」
笑ってうなずくふたりから目を逸らし、あらためて俺はエルザに手を振った。
「じゃあな」
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