第四章・その6
3
「お父さん! お母さん!」
「「エルザ!!」」
三日後、都についた俺は、無事にエルザを両親に引き合わせることができた。エルザを抱きしめて喜ぶミーザと、その旦那さんのセイジュ。ミーザはエルザとよく似ていた。親父さんは細身で、なかなか聡明な顔つきである。いい光景だな。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
「うん、大丈夫。ゲインが、ずっと一緒にいてくれたの」
「ああ、ゲインさん、本当にありがとう」
エルザの親父さんが俺に言ってきた。本気で感謝している顔つきである。
「気にしないでくれ。俺にとって、これは仕事だ。今日は家族三人で楽しくやるんだな。報酬は明日、ギルドに払ってくれ」
「ああ、それもありがとうございます」
「あと、次からは誰か雇って、いつもエルザのそばに居させるべきだな。大魔導師アーバンの孫娘ってのは、やっぱり、どうしても狙われやすくなる」
「そうします」
「じゃ、そういうことで」
俺はエルザたちから背をむけた。今日は宿で酒を飲んで、次はどこかの辺境で、またしばらく小さな依頼をこなすか。考えながら、俺はエルザの家からでた。その足で冒険者ギルドの宿へ行く。
「よう、久しぶりだな新入り」
俺がギルドに行くと、一週間前に知り合った同業が声をかけてきた。全身を灰色の毛が覆って、口からは牙がのぞいている男である。狼系の獣人で、確か名前はザルトだった。このギルドのなかでもベテランの冒険者である。普段から獣化している理由は俺もわからない。たぶん力の誇示だろう。
「俺の名前は新入りじゃない。ゲインだ」
言って、俺はカウンターに行った。
「ハンバーグと、あと酒を頼む」
「酒は何がいい?」
「ハンバーグだからな。赤ワインあるか。安いのでいい」
「あいよ」
「じゃ、できたら呼んでくれ」
言って俺は、近くにあるテーブルについた。さっきのザルトがおもしろそうな顔をして、俺の前にくる。
「それで新入り、依頼をこなせなくて逃げ帰ってきたのか?」
「ちゃんと依頼はこなしたぞ?」
「は?」
俺が言ったら、ザルトが妙な顔をした。
「何を言ってるんだおまえは。おまえみたいな新入りが、ひとりで依頼をこなせるわけがないだろうが」
「誤解しないでくれ。俺がここのギルドに登録したのは一週間前だけど、ほかのところでは仕事をしてきた。ここでは確かに新入りだけど、初心者ってわけじゃない」
「お、そうだったのか」
ザルトがちょっと意外そうな顔で、テーブルをはさんで、俺とむかいあうように椅子に座った。俺に興味があるらしい。
「それで、ほかではどんな仕事をしてきたんだ?」
ザルトが訊いてきた。
「どこも大して変わらないよ。基本的にはゴミ掃除だ」
「ゴミのレベルは?」
「大から小まで。金がでれば、俺はなんだってやる」
「へえ」
ザルトがおもしろそうな顔をした。
「じゃ、都の偉いさんが、ドラゴン退治を依頼したら、受けるのか?」
「――まあ、受けるだろうな」
少し考えて俺は返事をした。
「ドラゴンなら、ちょっとやりあったし。大して怖くない」
「笑えない冗談だな」
などと言っておきながら、ニヤつくザルトだった.
「ドラゴンがどんな奴なのか知ってるのか? そのへんを歩いてるドラゴニュートとはわけが違うんだぞ。ちょっと尻尾を振っただけで、おまえなんか真っ二つだ」
「あんたはそうなるかもしれないけど、俺は違う」
「――ほう?」
俺の言葉にザルトの表情が変わった。
「おい新入り、おまえ、誰にものを言ってるのかわかってるのか?」
「あーすまなかったな。べつに、喧嘩を売る気はなかったんだ」
面倒ごとは好きじゃないのでさっさと謝罪したら、ザルトが拍子抜けしたみたいな顔をした。
「なんだ、根性のない野郎だな。つまらねえ」
「報酬もないのに暴れる気はないんでな。それに俺は酒を飲みにきたんだ」
「お、そうか」
ザルトがうなずいた。わかってくれたらしい。
「じゃ、喧嘩はなしだな」
言いながら、ザルトが俺に右手を突きだした。わかってくれなかったらしい。
「やらないって言ったはずだけどな」
「喧嘩じゃない。ちょっとした遊びだ」
言いながら、ザルトが肘をテーブルにつけた。手を開く。
「――ああ、そういうことか」
「俺が勝ったら、今日の酒代はだしてもらうぜ」
「じゃ、俺が勝ったら?」
「そんなこと、あるわけがないだろう」
「条件を言ってくれ。そうじゃなきゃ、勝負にならん」
「じゃ、おまえが勝ったら、俺が酒代をだす」
「おもしろいな」
俺も右手をだした。テーブルの中央でお互い、がっちり握り合う。――気がつくと、店のなかの連中が集まってきていた。こりゃ、よーいどんは少し待ったほうがいいな。
「おい、どっちが勝つと思う?」
「そりゃ、ザルトさんだろ」
「おい新入り、おまえ、獣人のザルトさんと力比べって、何を考えてるんだ?」
「俺も獣人なんだがな」
誰かが声をかけてきたから返事をしたら、そいつがちょっと意外そうな顔をした。俺と手を握り合っているザルトもである。
「じゃ、なんでおまえ、普通の人間の姿をしてるんだ?」
「むやみに変身しても、周りが怖がるからな」
「なるほどな。じゃ、早く変身しろ。待ってやる」
「そりゃどうも。じゃ、お言葉に甘えて」
言って俺は全身の力に圧をこめた。みし、と音がして、骨格が変形する。筋肉が膨れあがり、額から角が生えた。鱗と獣毛が全身を覆っていく。
「――なんだおまえ?」
俺の変身を見て、ザルトが首をひねった。
「それは、牛の角か。それに、ワニみたいな鱗と、あと、俺と同じ獣毛。どういう変身なんだ?」
「俺はいろいろ混ざってるんだよ」
「ふうん」
ザルトが珍しいものを見るような目をした。
「そういえば、おまえの名前はゲインだったな。六英雄の獣王ゲインも、キメラみたいにいろいろ混ざってるって話だったけど、おまえ、まさか、その子孫か?」
「たまに言われるんだよな、それ。違うよ。大体サイズが違いすぎるだろうが」
「そうか」
などと言っている間に、周囲の見物人たちが静かになった。
「どっちに賭けるのか、もう決まったか?」
「おう、もうはじめていいぞ」
「そうか」
俺は見物人から目を逸らし、ザルトと見つめ合った。ザルトがニヤリとする。
「じゃ、新入り、俺が合図をかけるぞ」
「どうぞ」
「じゃ、行くからな」
この時点で、俺の手を握るザルトの腕に、すさまじい力がこもっていた。
「レディーゴー!!」
――五秒後、呆然としているザルトから、俺は自分の手を離した。
「これでいいな? じゃ、約束通り、酒代はだしてもらうぞ」
俺は人間の姿に戻ろう――と思いかけて、それはやめた。いま戻ったら、そこら中が抜け毛だらけになる。これから食事をするのに、それはなしだ。
「お待たせ、ハンバーグと赤ワイン」
カウンターから声が聞こえたので、俺は立ちあがり、声もなしで突っ立っている見物人たちを左右に分けて、ハンバーグと赤ワインをとりに行った。
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