第四章・その5
「あなたは獣人よ。大魔導師アーバンのような、純粋な人間じゃないわ。私だって、そんな相手に恨みはないもの」
「へえ? あのとき、御者台ではエヴィンって名前のおやっさんが手綱を握っていたんだけどな。あのおやっさんは普通の人間だったぜ。どうして君は何もしなかった? 優しいのは俺じゃなくて君もだろう」
キャロルが静かに俺を見つめた。
「アンソニーと話していたときも、私たちの考えていることをやすやすと言い当てたわね。本当に何者なの?」
「まだ自己紹介してなかったか? 俺は獣人の冒険者だよ。名前はゲインだ」
「それは前に聞いたわよ。そうじゃなくて、まるで心が読めるみたいな、あなたの頭の鋭さに驚いてるのよ。――そういえば、魔王を倒した六英雄と同じ名前だったわね」
「それがどうかしたか?」
「べつに」
言ってキャロルが俺から目を逸らした。少し考えるようにする。
「――そうね。そんなわけはないか。あれは一〇〇年以上も前の話だし、獣王ゲインは大魔導師アーバンを守ろうとして、心臓を貫かれたはずよ」
「詳しいんだな」
「有名な話よ。それで獣王ゲインが、あえて犠牲になることで、残りの六英雄は魔王を倒せた。その後、大魔導師アーバンは私たちをドラゴニュート化させたのよ」
「おかげで戦争はなくなった。いいことじゃないか」
「でも、完全な平和になったわけじゃないわ」
キャロルがつまらなそうに言葉をつづけた。
「あなたも、この街を見てわかったでしょう? エルフとか、吸血鬼みたいな、人間を超えた種族が徒党を組んで、ほかの人間たちを恐怖で支配しているわ。国同士の戦争って言うレベルじゃないけどね。そういう、くだらないいざこざは、どこにでもあるのよ」
「だったら君が抑止力になればいいんじゃないか?」
俺が言ったら、キャロルが妙な顔をした。
「私が? どうやって?」
「だって君は、いまでもドラゴン化できるんだろう。時間制限付きだけどな」
キャロルが、アッという顔をした。
「まあ、こういうのを怪我の功名と言うのかもな。エルフのアンソニーのおかげで、君はドラゴン化できる。ただしブレスは吹けない。だから、それで吸血鬼連中を残らず焼き尽くせなんて言うのは不可能だ。でも、強大な力で殴り飛ばすことくらいはできるはずだぜ。吸血鬼連中がのさばるのを食い止めるくらいは、その気になったら難しくないと思うがな。人間の世界の自警団にでも入れば、かなりの活躍ができるんじゃないか?」
「それは、確かにそうだけど」
言ってキャロルが黙った。何か考えているらしい。
「昔々、この世界がこういう形になる前、人間たちのつくった娯楽の演劇に、やっぱり、時間制限付きで変身できる主人公の話があってな」
踏ん切りがつかないみたいなので俺が話をつづけたら、キャロルが妙な顔でこっちを見た。
「何を言ってるの?」
「まあ聞きな。その話ってのが、主人公が、一八〇数える間だけ巨人になって、空の彼方からやってきたモンスターと戦うって内容だった。小さい子供に人気だったそうだぜ。君もそうなればいい。子供に人気なら、大人たちだって、必要以上にドラゴニュートを危険視しなくなるかもしれないし」
キャロルが柳眉をひそめた。
「私は、もっと長くドラゴン化していられるわ」
「そりゃ、もっと都合がいいかもな」
「よくないわよ。私はドラゴニュートなのよ。ドラゴンになったら、やることなんて決まってるわ」
「人間を殺す気もないのに、無理して悪ぶるもんじゃないぞ。子供の味方、正義のドラゴンってのも悪くないと思うぜ。俺だって獣人の冒険者だけど、頭脳労働も結構行けるしな」
「――」
「ま、のんびり考えな」
そのまま歩き、俺たちは街に到着した。
「じゃ、俺は行くから。あばよ」
街の前で立ち止まったキャロルに言い、俺は街道へむかって歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます