第四章・その4

 そのまま、夜の森を、勘を頼りに歩いていたら、街の明かりが見えてきた。いまごろ、ランベルトが気持ちよく散歩でもしているころだろう。ひょっとしたら、宿無しの浮浪者あたりを手にかけて、新しい下僕にでもしているかもしれない。まあ、なるべく接触しないように、街道にでるか。


「あら、偶然ね」


 街の近くまできたあたりで、俺は声をかけられた。こんな夜中になんだと思って顔をむけたら、ドラゴニュートのキャロルが立っていた。よくわからない布を身体に巻きつけている。


「君もこっちにきたのか」


「やることをやったから、街まで帰ろうとしただけよ。アンソニーは逃げだしたし、もうエルフたちとは無関係だから」


「なるほどな。その布は?」


「エルフたちの城にあったものよ。さっきまで着ていた服はドラゴン化したときに、びりびりになっちゃったし――」


 言ってから、急にキャロルが眉をひそめた。


「あなた、まさか、私に何かする気じゃないでしょうね」


「いま、俺の背中ではエルザが眠っている。この状況で俺が何かやると思うか?」


「あ、そう。安心したわ」


「それに、ドラゴンに変身する女性なんて、俺の恋愛の対象外だからな」


「それは差別じゃないの?」


「君は獣人の冒険者と付き合う気になるか?」


 俺が訊いたら、キャロルが少しの間、おとなしくなった。


「そうね。そう言われたら、仕方のない話ね」


「じゃ、そういうことで」


 言って俺は街道のある方向へ歩きだした。すぐ隣をキャロルが並んで歩きだす。


「なんでついてくるんだ?」


「私も帰る方向が同じだけよ。街があるんだから」


「そうか。じゃ、妹のシャイアンによろしくな。それから、いま、街では、吸血鬼の組織のボスのランベルトが夜の散歩を楽しんでるはずだ。気をつけな」


「忠告ありがとう」


 キャロルが短く返事をした。そのまま歩く。


「あのさ」


 しばらくして、またキャロルが話しかけてきた。


「どうして私に、何もしないの?」


「だから言っただろう。いま俺はエルザを背負っている。それにドラゴンは恋愛対象じゃない」


「そうじゃなくて、どうして私を敵視しないのかって訊いてるのよ」


「は?」


「だって私、昼間にあなたと敵対したのよ。それに、私はドラゴンに戻れるわ。あなたの言うとおり、時間制限付きで、息吹も吐けないけど。でも、人間から見たら、恐ろしい怪物だってことに変わりはないじゃない。あなた、放っておいていいの?」


「俺は君を殺せと、誰かに依頼を受けたわけじゃない。昼間の喧嘩は、あれは成り行きだ。それに、君に何かしたらエルザが悲しむ」


 俺は背中のエルザを見た。


「何しろ、自分のことを誘拐しようとした、エルフの組織のメアリーのことも助けてやってくれって言ったぐらいだからな。君のことだって、傷つけるなって言いだすに決まってる」


「だから私に何もしないの? あなた、優しいのね」


「それだけじゃない。ちゃんと計算もしてる」


 俺はキャロルに笑いかけた。


「君は人間を殺したいとは思っていない。だから放っておいても無害だと俺は判断したんだ」


 キャロルが俺の横で目を見開いた。


「私はドラゴニュートなのよ。それのどこが無害なの?」


「まあ、確かに、普通だったら、ドラゴンは人類の敵だ。だったらドラゴニュートも同じだと考えるところだろうな」


 俺は昼間の騒ぎを思い返した。


「大魔導師アーバンの手で、強大な力を奪われ、亜人化されたドラゴニュートが、人間を恨んでいないはずはない。もしふたたびドラゴン化できれば、復讐のため、人間世界を焦土に変える。――常識で言ったら、そういう理屈になるはずだ。俺だって最初はそう思ってたよ。それがどうも違うらしいって気がついたのは、あの街で、シャイアンとはじめて口を利いたときだったな。ずいぶんと人間世界に溶けこんでいる感じだったぜ。ほかの連中と同じで、エルフの組織と吸血鬼の組織が街を横行していて、困ってるって顔をしていたし。やっぱり、亜人として一〇〇年も人間社会にいれば、情が移るんだなって思ったぜ。それは君も同じだろう。だから昼間の騒ぎのとき、君は俺を殺さなかった。時間制限付きのドラゴン化で身体が縮小するから、俺を丸飲みにできるできないって問題じゃない。食えないけど殺したいって思ってるなら、足で踏みつぶせばよかっただけだからな」


 言って俺はキャロルの反応を待った。キャロルが悔しそうに口を開く。

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