第四章・その3

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「よう、久しぶり。いろいろあって俺もいるんだけど、今回の件とは無関係だから。じゃあな」


 俺はヴィンセントに声をかけて、軽く手を振った。そのまま行こうとすると、いきなり後ろから髪をひかれる。言うまでもない、エルザである。


「ねえゲイン、あのエルフのお姉さん、助けてあげて」


「どうやって? 吸血鬼の組織の大ボスがいるんだぜ? 俺に何ができる?」


「それでも!」


 俺の背中でエルザがバタバタと暴れる。どうも、俺の背中から飛び降りたいらしい。仕方ないな。


「あのな、ヴィンセント。聞こえてたかもしれないけど、もうエルフの組織は崩壊寸前だ。まあ、あんた方も、相当の痛手を被ったとは思うけどな」


「気にするな。人間がいれば、下僕の数は好きに増やせる」


 これはランベルトの言葉だった。さすがは吸血鬼どもを統括する大ボスだな。ぶっ潰す組織はこっちにするべきだったかもしれない。頭の隅で考えながら、俺はランベルトのほうを見た。


「言っておくけど、俺は自由に生きていたいもんで」


「安心しろ、獣人の冒険者なんぞを儂の一族に迎えたら、儂より強くなるかもしれんからな。そんな奴を戦力に欲しいとは思わん」


「そりゃよかった。じゃ、そういうことで。それで、結局のところ、その娘はどうする?」


「ふむ」


 ランベルトが少し考えるような素振りをした。


「人質としての価値はなさそうだが、特に生かしておく必要もないしな。どうするか」


「父上、その娘、私に任せていただけませんか?」


 ここで声をかけてきたのはヴィンセントだった。眉をひそめながらメアリーを見つめている。


「我々はエルフのアンソニーと敵対してきました。その娘は、アンソニーの血をひいております。いまは特に思いつきませんが、手元に置いておけば、後々、何かの役に立つかもしれません」


「ヴィンセント、何を言っている?」


 ランベルトが顔をしかめた。


「この娘を従者にでもする気か? 寝首をかかれたらどうする?」


「父上ほどではありませんが、私も催眠術で相手の心を操ることは可能です」


「この娘はエルフだぞ。そのうち、催眠術に抵抗する術を身につけるかもしれん。潰せるものを潰せるうちに潰さんでどうする?」


 ランベルトの言葉に、ヴィンセントが、少し困ったような顔をした。


「ですが」


「あの、ランベルトさん、ちょっといいかい?」


 俺は口を挟んだ。


「さっき、あんた言ってたよな。エルフを全滅させたら、街の半分は息子に任せるって。いまがそのときだぞ。あんたが息子をかわいがっているのはわかるけど、少しは息子の自主性を尊重してみな? ヴィンセントにはヴィンセントの考えもあるんだろうし、あんたは組織のボスだろう。ここは器の広いところを見せてやるべきだと思うがな」


 言って、俺はランベルトの反応を見た。ランベルトが少しの間、俺を見つめる。


「なるほど、言うではないか」


 ランベルトがヴィンセントのほうをむいた。


「他人の意見に動かされるのが楽しいわけではないが、いまのはこの男の言うことが正しかった。ヴィンセント、その娘は任せる。催眠術で操るなり、下僕にするなり、好きにしてかまわん」


「ありがとうございます」


「では、儂はエルフの消えた街でも散歩でもしてこよう。あとでその娘をどうしたのか、よかったら聞かせてくれ」


 会釈するヴィンセントに言い、ランベルトが機嫌のいい顔つきでヴィンセントから背をむけた。そのまま、森の奥の暗闇に消えて行く。


「よかったな。これで、あの娘、少なくても、殺されるってことはなくなったはずだぞ」


 俺は背負っているエルザに言った。


「うん。でも」


 背負っているからエルザの顔は見えないが、声は不満そうだった。


「あのお姉さん、このままだと、吸血鬼にされちゃうかも」


「長生きできる種族から、不老不死に格上げされたんだ。いいことだろうが。昼間は行動できないと思うけど、まあ、何事も完璧には行かないもんだ」


 少し大きめの音量で言ってから、俺は声を低くした。


「それに、メアリーが嫌がったら、たぶんヴィンセントは血を吸わないはずだ」


「では、きてもらおうか」


 ヴィンセントが言いながら、メアリーに近づいて行った。右手を伸ばす。メアリーがおとなしくヴィンセントの右手をとった。


「じゃ、ふたりとも仲良くな。メイドとしてそばに置いて、そのうち気に入ったから情婦にするとか、そのへんの流れは好きにしろ」


 もうランベルトも行っちまっただろうと判断し、俺は小声でふたりに言った。ヴィンセントとメアリーがギョッという顔をする。


「何を言っているのだ?」


 ヴィンセントが訊いてきた。


「相変わらず芝居が下手だな。あんたら、本当は恋人同士なんだろ?」


 俺が言ったら、ヴィンセントとメアリーが唖然とした顔つきで俺を見つめた。


「どうしてわかった?」


「顔を見ていればわかる」


 俺はメアリーを見ながら言った。


「ランベルトを前にしたとき、メアリーは恐怖の表情で俺に助けを求めた。ところがヴィンセントが現れてから、急におとなしくなっちまったからな。恋人が助けにきてくれたから、すぐにでも抱き着きたいのに、それができなくて困ってるって感じだった。そういえばヴィンセント、あんたが前に依頼した内容は、メアリーを無傷で誘拐してこい、だったな。本心を隠しているみたいだから何を企んでいるのかと思ったら、こういうことか。それにメアリーも、父親のアンソニーが吸血鬼たちと対立してるのに、言うことを聞きたがらないって感じだったし。でかい組織の王子様とお姫様ってのは自由に行動できなくて大変だな。まあ、エルフのほうは壊滅状態だし、これからは楽しくやりな」


 言ってから、俺は背中のエルザのほうをむいた。


「わかっただろ? これでメアリーは本当に大丈夫だぞ」


「うん」


 というエルザの声は小さかった。元気がない――のではなく、眠いらしい。そういえば真夜中だった。


「眠かったら、寝てていいからな」


 軽く揺さぶりながら言い、俺はヴィンセントとメアリーにむきなおった。


「まあ、あんたらふたりがどこで出会って、どういう具合に付き合いだしたのかは知らないけど、よかったな。これからは普通に一緒に行動できるぞ」


「――さっき、君は父上に言っていたな。私にメアリーを任せてやれと」


 ヴィンセントがメアリーの肩に手をかけながら口を開いた。


「あれはそういうことか」


「それだけじゃない。エルザにも頼まれたからな」


 そのエルザは、俺の背中で静かに寝息を立てはじめていた。


「私は君に礼を言わなければならないのかもしれんな」


「俺じゃなくてエルザに言いな。というか、エルザが目を覚ましたら、ヴィンセントが礼を言っていたって伝えておくよ」


 言って俺は背をむけた。


「じゃあな」

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