第四章・その2
「これは、はじめまして。俺があんたの名前を知っているのは、あんたの息子のヴィンセントから聞いたからだ」
「ほう?」
ランベルトが驚いたような顔をした。
「貴様、息子とも会ったことがあるのか。どこで会った?」
「街の宿でだ。ちょっと依頼されたこともあったんだが、俺は先に、べつの依頼を受けていたんで断った」
「どんな依頼だった?」
「この娘を都までつれて行くって依頼だ。この娘の母親から依頼を受けてな」
「貴様が先に受けた依頼ではない。儂の息子は、貴様にどんな依頼をしたのかと訊いたのだ」
「あ、そっちか。それは、いま、あんたがやろうとしていることと同じだよ。メアリーを誘拐してほしいって言ってきた」
「――ほほう、そうか」
俺の返事に、ランベルトが少し感心したような顔をした。
「なるほど。あいつがそんなことをな。まだまだ子供だと思っていたが、ヴィンセントもわかってきたか」
笑いながら自分のあごを撫でる。
「そうだな。エルフどもを全滅させたら、街の半分くらいは任せてやるとしよう」
「うるわしい親子愛だな」
娘を見捨てるアンソニーや、その事実を平然と受け入れるメアリーとはえらい違いである。まあ、吸血鬼も、もとは人間だからな。
「あ、言っておくけど、そのメアリーを組織までつれて行っても意味ないぞ。親父さんのアンソニーは馬に乗って逃げた」
「――何?」
メアリーのほうをむきかけたランベルトが、あらためて俺のほうをむいた。
「それはどういう意味だ?」
「どういう意味も何も、言葉通りの意味だ。アンソニーは自分かわいさで、メアリーを見捨てて街から逃亡したんだよ。たぶん、あんたはメアリーを人質にとって、アンソニーを脅迫しようと思ってたんだろうけど、そんなことをする必要はないぞ。ボスのアンソニーがいない以上、手下のエルフ連中は、放っておいても散り散りになる」
「その話は本当か?」
「俺じゃなくてメアリーに聞いてみな」
「そうか」
ランベルトがうなずき、メアリーのほうをむいた。
「いま、そこの冒険者が言った話は本当か?」
「本当です」
またもや、反射でメアリーが返事をして、それから驚いたような顔をした。やっぱり催眠術で強制的に本音をひきだされたらしい。
「そうか」
俺に背をむけたまま、ランベルトがうなずいた。
「では、どうするか」
「ま、そのへんはあんたたちで好きに決めな。俺は行かせてもらうわ」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいゲイン!」
エルザを背負ったまま行こうとしたら、メアリーが慌てたように声をかけてきた。
「行かせてもらうって、このままでは、私はどうなるのです?」
「そんなこと俺は知らねえよ。言っただろう。もし、あんたがヤバいことになっても俺は関与しないって。それに、あんたも言った。特に恨みがあるわけではありませんが、あなたとは、二度と会いたくありませんって。だから、これでさよならだ」
「それは、確かにそう言いましたが、こんな状況では話はべつです!」
「勝手なことを言わないでくれ。俺は、このエルザを都につれて行くって依頼を受けている。俺の仕事はそれだけだ。ああ、ランベルトさん、俺はあんたの邪魔なんかしないから、勘違いして、俺に襲いかかるような真似はしないでくれよ」
「わかった。では、早く行くがいい」
「そりゃどうも」
俺はランベルトから背をむけ、そのまま歩きだした。
「待ってゲイン」
五歩も歩かないうちに、いままで黙っていたエルザが声をかけてきた。
「あのメアリーってエルフのお姉さん、助けてあげて」
案の定だ。俺は立ち止まり、首を捻じ曲げで、背負っているエルザを見た。
「あのメアリーは、君を誘拐しようとした連中の仲間だぞ。朝、飯を食いながらの会話を覚えてるだろう」
「それでも助けてあげて。あんな、あぶないことになってるのに、見捨てるなんて、ひどいよ」
エルザが必死に言ってきた。まあ、気持ちはわからんでもない。だが。
「あぶないことになるって決まったわけじゃないぞ。もうアンソニーはいないんだ。メアリーに、人質としての価値はない。ひょっとしたら、ランベルトさんはメアリーのことを見逃してくれるかもしれないし」
言いながらちらっと見たら、相変わらず、メアリーのほうをむいているランベルトの肩が軽く上下していた。俺の言葉を聞いて笑っているらしい。
「それに、俺がメアリーを助けようとして、ランベルトさんと敵対した場合、あぶないことになるのは俺とエルザだぞ」
「それでも助けてあげて」
優しい娘だな。お婆ちゃんそっくりだ。それでも説得しようとして口を開きかけ、俺は背後から迫ってくる音に気づいた。
「あー、こりゃ、もっとあぶないことになりそうだな」
ちらっと眼をむけ、俺は苦笑した。
「父上、ここにいらしたのですか」
同時に、かつて聞いたことのある声がした。
暗闇のなかから姿を現したのは、ランベルトの息子であるヴィンセントだった。
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