第四章・その1

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「ここまで行けば、もう大丈夫だろう」


 神殿が見えなくなるまで走ってから、俺は立ち止まった。相変わらず、背後からはがけ崩れみたいな音が響いてくる。だいぶ派手にやってるな。ついでに生き残った吸血鬼たちも踏み潰してくれてるとありがたいんだが。


「それにしても、特に誰の依頼も受けたわけでもないのに、俺もやっちまったな」


 報酬もないのにヤバい組織を潰したということは、俺が損をしたということだ。あいつはただで仕事をするなんて噂が広まらなければいいんだが。――ふと気がつくと、メアリーが冷めた目で俺を見ていた。


「なんだ? やっぱり、父親のつくった組織をぶっ潰されて、腹が立ったのか?」


「言ったでしょう。お父様のつくった組織は、あくまでもお父様のものです。私は関係ありません」


「相変わらずドライだな。じゃ、親父さんと同じで、早いところ、どこかへ行くべきだな」


「そうさせていただきます。それから、特に恨みがあるわけではありませんが、あなたとは、二度と会いたくありません」


「そうか」


 ま、それくらいの言葉はでてくるだろう。何しろ、住んでいる家はぶっ壊され、親父さんは逃走中で行方知れずなのだ。


「じゃ、あばよ」


 俺は背をむけた。エルザをつれて都へ。――いや、いまは真夜中だ。朝まで、どこかで時間を潰すか。街の宿は、いまさらだな。やっぱり、夜の間、ずっと隣町まで歩き続けるか。太陽が昇れば、都に行く馬車とも出会えるはずだ。


「さて――?」


 とりあえず、街道のある方向はどっちだったかな、と思いながら歩きかけた俺は、視界の隅で輝く赤い光に気がついた。


「これは驚いたな」


 ドラゴン化したキャロルがぶっ壊した神殿の下敷きにされて、乗りこんできた連中は残らず圧死したと思っていたんだが、そうでないのがいたか。さて、俺と敵対する気かどうか。俺は黙って立っている吸血鬼に目をむけながら、腰の剣に手を伸ばした。エルザを背負ったままでも、ひとりくらいなら、なんとかなるだろう。


「貴様は何者だ?」


 俺が声をかけるより早く、黒服の吸血鬼が口を開いた。


「俺は獣人の冒険者で、名前はゲインだ」


 気がついたら、俺は返事をしていた。む、まずい。吸血鬼の催眠術で心を操られたか? もう少し、心を引き締めておかないとヤバいぞ。


「ふむ」


 黒服の吸血鬼は首を傾げた。


「かつて魔王を倒した六英雄のひとりと同じ名前か」


「それがどうかしたか?」


「べつに。いい名前をつけてもらったな。親に感謝しておけ」


「ああ。いつか死んだら、天国で親に礼を言っておくよ」


「いつかではなく、いまかもしれんぞ」


「俺はあんたらとは無関係なんだがな」


「それは本当か?」


 吸血鬼の双眸が輝きを増した。だが、そこまでである。根性を据えていれば催眠術に惑わされることはない。


「本当だ。エルフ連中に用心棒をやってほしいと声をかけられたこともあったが、俺は断った」


「なるほど、嘘はついていないようだな」


 俺が催眠術に抵抗できていると気づいていない吸血鬼が、少し考えた。


「まあいい。いまは忙しいからな。行っていいぞ」


 言って俺から目を逸らし、吸血鬼がメアリーのほうをむいた。


「貴様は?」


「メアリー。アンソニーの娘です」


 メアリーが即答してから、あれ、という顔をした。俺と同じで、反射的に返事をして、自分で驚いたらしい。やっぱり催眠術だな。吸血鬼がうなずく。


「なるほど、やはりアンソニーの娘だったのか」


 吸血鬼がメアリーの前まで歩きだした。


「何をする気だい?」


 さすがに無視もできず、俺は訊いてみた。吸血鬼がちらっとこっちをむく。


「貴様とは無関係の話だと思うが」


「そりゃそうだけど、それでも見ていれば気になる」


「何か手出しをする気か?」


「そんな気はない。俺は報酬をもらってないからな。だから何もしない。ちょっと気になったから訊いただけだ」


「なるほど。まあ、こういう状況なら、誰でもそうなるか」


 少しだけ吸血鬼が笑みを浮かべた。


「儂は、この娘を家までつれて行く。あとは、エルフのアンソニーと交渉だな」


「あ、なるほどな。そりゃ、吸血鬼のボスのランベルトも喜ぶだろうよ」


 俺が言ったら、吸血鬼の顔から笑みが消えた。


「貴様、なぜ儂の名前を知っている?」


「――あ」


 俺は知らないうちに、吸血鬼側の組織のボスと話をしていたようだった。

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