第三章・その7

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 石造りの廊下をしばらく歩くと、俺の腕輪がチクチク言ってきた。ある扉の前で、刺激が最高潮になる。俺の鼻も、エルザの匂いがここで停滞していると告げていた。ここだな。


「エルザ、迎えにきたぞ」


 言い、俺は扉をあけようとした。動かない。鍵がかかってるな。


「ふん!」


 ちょっと力をこめたら、バキンと音を立てて扉が開いた。そのまま部屋に入る。


 想像通り、エルザが怯えた顔で座っていた。


「ゲイン!」


 俺を見た瞬間、怯えた顔で駆けよってくる。俺に抱き着いてきた。


「すまなかったな。助けにくるのに、ちょっと時間がかかった」


 言いながら、俺もエルザを抱き返した。


「さ、早く行くぞ。ここはエルフ連中の城だけど、吸血鬼連中と本格的な戦争がはじまってる。お互いが潰れるまでやりあうことはないと思うがな。逃げるならいまのうちだ」


 エルザに言い、俺はその手をひいて部屋をでた。外から聞こえてくる怒号は、だんだん近づいてくる。外のエルフ連中が倒されて、吸血鬼たちが内部に侵入していているらしい。こりゃ、早いところ逃げださないと、冗談抜きでヤバいな。


「ああ、そっちはだめだ。吸血鬼がくる」


 大広間のあるほうへ歩きかけたエルザに言い、俺は反対方向に目をむけた。人間のつくる城では、戦争や内乱を考慮して、王族の逃げだす裏門なんかがあるもんだが。まあ、ここのエルフ連中は吸血鬼と対立していたんだし、似たような構造だと考えても問題はないだろう。そもそも、アンソニーだって、それでこっちから逃げだしたんだ。


「こっちでいいの?」


「正面からは吸血鬼がくるからな」


 不安そうにするエルザに言い、そのまま、俺はエルザの手をひいて、大広間から背をむけて早足で歩いた。しばらくすると、外の空気の匂いが漂ってくる。ありがたい。期待していた通りだった。


「よし、このまま行けば、外にでられるぞ」


 俺はエルザに言いながら、右手を腰に伸ばした。


「あいにくと、このままってのは難しいっぽいけどな」


「え、どうして?」


「そこにメアリーがいるからだ」


 言いながら俺は長剣を抜いた。俺の前に、朝、宿で俺を雇おうとしたメアリーが立っている。そういえば、エルフのボスの娘なんだから、ここにいて当然か。


「よくもやってくれましたわね」


 メアリーが静かに言った。もう俺に笑みをむけようとはしていない。


「あなたのおかげで、お父様の築きあげてきた王国は、ほぼ壊滅です」


「俺のせいじゃなくて、吸血鬼連中と対立したのが原因だろうが。これに懲りたら、もう人間のつくった街に寄生するような真似はしないで、田舎の森で静かに暮らすんだな。ところでそのお父様は?」


「もういらっしゃいません。裏から馬に乗って逃げました」


「あらら、自分の娘を見捨てるのか。おとぎ話で語られた、高貴なエルフの真髄見たりってところだな」


 まあ、アンソニーがあの街からでて行ってくれるなら、それはそれでいいだろう。どこかでのたれ死ぬか、それとも、ほかの街に行って、そこで一から再出発して再興を狙うか。どっちにしたって、俺には関係のないことである。


 俺の考えを見抜いたのか、メアリーが小さくため息をついた。


「私も、いずれは独立しなければなりませんでしたからね。お父様とのお別れは、仕方のないことだったかもしれません」


「へえ、これはまた、ひどいことを言うお姫様だな」


「人間の王族も似たようなものでしょう。跡目争いで兄弟姉妹を平気で暗殺すると聞いていますが」


「なるほど、そう言われたら、そうか」


 財を持ったでかい一族ってのは、結局のところ、どこでもそうなるってことらしい。感心してから、俺は首をひねった。


「だったら、俺になんの用がある?」


「助けてほしいのです。このままでは、私は吸血鬼たちに殺されてしまいますので」


「ふむ」


 俺は長剣をメアリーにむけようとして、やめた。なるほどな。それは言ってきて当然の話だ。敵意はないと判断していいらしい。


「あなたが用心深くて、常に周囲を見すえていて、腕も立つことはわかっています。私ひとりを余分に守ることくらい、不可能ではないと思いますが」


「嬉しいことを言ってくれるが、悪いな。前にも言っただろう。俺は複数の依頼を受けられるほど器用じゃないんだ」


「では、あなたがここから逃げだすところをご一緒させてください。私はあとをついていくだけでかまいません」


「それでいいのか。だったら好きにしな。もし、あんたがヤバいことになっても俺は関与しないから、そのつもりでいてくれ」


 言って、俺は長剣を腰に収めながらエルザを見た。エルザも無言でうなずく。


「じゃ、行くか」


「私もつれて行ってくれないかしら」


 べつの声が背後から聞こえた。なんとなく、気配は察知していたんだが。


 振り返ると、そこにはつまらなそうな顔をした、ドラゴニュートのキャロルが立っていた。

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