第三章・その6

「そして、なぜドラゴンが、エルザをさらうなんて依頼を受けたのか? 単純に考えて、時間制限のある、かりそめのドラゴン化ではない、完全なドラゴン化を可能にする魔道の研究をちらつかされたんだろう」


 俺は言いながらアンソニーを見た。アンソニーが悔しそうに俺を見つめている。


「で、あんたは考えた。大魔導師アーバンがドラゴンをドラゴニュート化した。そしてアーバンはもういない。だったら、その娘のミーザを呼ぼう。彼女なら、ドラゴニュートを元のドラゴンに戻す方法を知っているに違いない。ところが都に依頼しても、返ってきた言葉はNO。だったら強硬手段だ。エルザを誘拐して、無理矢理にでも研究に協力してもらう。――あんたの仲間から聞いたぜ。自分が依頼する以上、最高級の魔導師にきてもらわなくちゃ、話にならんとかなんとか言ってたそうじゃないか。けれど、実はそうじゃない。あんたがミーザに固執して、エルザを誘拐したのは、ドラゴニュートの解呪が目的だったからだ。だからどうしてもミーザが必要だった。さて、どこまであたったかな」


 俺は言葉を区切って少し待ったが、アンソニーは黙って俺をにらみつけるだけだった。


「あ、そうそう。この件、ほかの連中には真意を伝えてなかったみたいだな。手下の誰かが言ってたぜ。うちのボスは考えが古いとさ」


「――そんなことをして、儂になんの得がある?」


「決まってるだろう。あの街にいる吸血鬼どもを丸焼きにして、自分が支配者になれるって得がある」


 苦し紛れに言うアンソニーに、俺は話をつづけた。


「何しろ、吸血鬼と言ったらエルフ以上に長生きするし、身体も頑丈だ。ところが、どういうわけだか、太陽の光であっさり灰になってしまう。だったらドラゴンのブレスも通用するだろう。鋼鉄も蒸発させる地獄の業火で灰も残さず焼却しちまえば、再生だって不可能になる。そうなったら、あの街に君臨できるものは自分たちだけ。目障りな連中がいなくなってくれて万々歳ってわけだ。――いや、それだけじゃないな。その気になったら、この大陸そのものを自分たちの手中に収められる。ドラゴンを超える力を持った魔王はとっくの昔に倒されたし、自分たちは地上最強のドラゴンを兵士として自由に動かせる。そりゃ、やりたい放題、好き勝手にできるだろうよ」


「――何を言ってるんだ貴様は?」


 アンソニーが眉をひそめたまま口を開いた


「そんなことをして、ドラゴン化したドラゴニュートたちが、儂の命令をいつまでも聞くはずがないだろうが」


「だったら、大魔導師アーバンの秘術を使って、もう一回、ドラゴンをドラゴニュート化させればいいだけの話だ。あんたが、どうしても都からミーザを呼びたがっていたのは、そういう理由もあったんだと思うぜ。違うか?」


 アンソニーの反応を待つ振りをしながら、俺は耳を澄ませた。うっすらと聞こえていた、外からの怒号が静かになってきている。表の小競り合いも、そろそろ終了か。


「まあ、大体のところはこんなもんだと俺は踏んだね。俺には関係ない話だけどな。じゃ、行かせてもらうぜ。俺が受けた依頼は、あくまでもエルザを救出することなんだ」


「行かさないと言ったでしょう!」


 アンソニーたちから背をむけて、奥の扉へ歩きだしたら、キャロルの叫ぶように言った。同時に、背後から気配が迫ってくる。


 俺が振りむくと、キャロルが俺にむかってナイフを振りかぶっていた。


「あぶないな」


 言いながら、俺はキャロルの手首をひょいとつかんだ。ナイフを取りあげ、床に転がす。軽く踏んだら、ペキンと乾いた音を立ててナイフが折れた。


「料理をつくるとき以外、こんなものは振りまわすもんじゃないぞ」


 素人の攻撃なんて、子供がじゃれついてくるのと大して変わりがない。握っていた手首を離してやったら、キャロルが悔しそうに俺から距離をとった。


「たとえかりそめの時間でも、息吹の吹けるドラゴンにさえ戻れたら、おまえなんかすぐに焼き尽くして――」


 悔しそうに言う。


「たとえ戻れたとしても、ここではやめておくべきだな」


 俺は笑いながら言ってやった。キャロルが俺をにらみつける。


「どうして?」


「場所を考えてみろ。ここは石造りの屋内だぞ。こんなところでドラゴン化したら、身動きをとるどころの話じゃない。無理に動いて天上が崩れたら、そこにいるアンソニーも死ぬ。ということは、完全なドラゴン化は夢で終わっちまうわけだ。それでいいのか?」


 これでキャロルがおとなしくなった。


「じゃ、あらためて行かせてもらうぜ。あ、それからな。俺は獣人で耳も利く。さっきから、うっすら聞こえてた外の喧嘩だけど、ずいぶんと静かになったぜ。頭に血が昇った吸血鬼の皆さんが、そろそろここへ乗りこんでくるだろうよ。逃げるならいまのうちだな」


 俺の助言に、アンソニーがギョッという顔をした。慌てたように奥の扉へ走り去っていく。高貴なエルフ族のボスなんて言っていたが、結局は命が惜しいか。


「じゃ、そういうことで」


 キャロルに言い、つづいて俺も、アンソニーの逃げて行った奥の扉をあけた。

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