第三章・その5
「――なんですって?」
俺の言葉に、キャロルが少しだけ間を置いてから返事をした。
「何を言ってるの? そんなこと、できるわけがないじゃない。私たちは大魔導師アーバンの秘術で亜人化されたのよ。飛ぶこともできやしないわ」
「あー確かにその通りだ」
俺は大仰にうなずいてみせた。かつて魔王を倒した大魔導師アーバンは、この大陸の平和を保つため、ドラゴンだのベヒモスだのヒドラだのサラマンダーだのって危険な魔獣を亜人化させて、その力を封印した。ドラゴニュートは、かつてドラゴンだった形状を少しだけ外見に残しているだけで、特に強大な力は持ち合わせていない。そういうことになっていた。
「ただな。大魔導師アーバンが亜人化の秘術を行ったのはいつの話だ? 一〇〇年以上も前の秘術なんて、時間の経過とともに、どうしたってガタついてくる。万が一、ガタついていなかったとしても、今度は、周囲の連中が魔道を進化させて、亜人化の秘術を解く、解呪の詠唱を開発させても不思議じゃない。特に、あのときの現場を知っている、やたらと長生きで、魔道の研究に秀でた種族が根性をだせば、そのへんはなんとかできるだろう」
俺はちらっとアンソニーに目をやった。アンソニーは悔しそうに俺をにらんでいる。俺は笑ってキャロルにむきなおった。
「で、おそらく、その解呪の詠唱でドラゴン化した第一号が君だ」
「勝手なことを言って。何か証拠でもあるの?」
「その頬の絆創膏。それ、俺が馬車の積み荷だった鉄塊を投げつけたときの傷だろ?」
「ただの偶然ね。これはちょっとした事故よ」
「そういうふうに言うんだったら、面倒だし、それでいい。ただ、俺の想像だけど、エルフたちの開発した解呪の詠唱は完全じゃないな。本来の姿に戻れたドラゴンは、巨大化し、空を飛び、強大な腕力を揮える。ここまではいいが、ブレスは吹けない。それから、ドラゴン化には時間制限がかかっているはずだ。つまり、エルフたちの研究も完璧じゃなかったわけだ。さすがは大魔導師アーバンだね。一〇〇年たっても解呪できないとは。エルフたちもずいぶんと頭を悩ませたはずだ」
言った言葉を区切り、俺はキャロルとアンソニーを交互に見た。
「いろいろと、おもしろい思いこみをするのね」
キャロルのポーカーフェイスはなかなかのものだった。
「どうしてそう思ったの?」
「まず、この大陸にドラゴンはいないはずだ。すべてドラゴニュート化されている。それで、ドラゴン化する解呪の詠唱が存在しない場合、昼間のドラゴンは、ほかの大陸から、海を渡って飛んできたことになる。だったら目撃者がいるはずだ。たとえその目撃者が焼き殺されても、それはそれで重要な情報として、俺たち冒険者たちの間を駆け抜けてるはずだぜ。それがない以上、最初の過程が間違っていることになる。つまり、この大陸のドラゴニュートがドラゴン化したと考えるしかない。それからブレスが吹けないっていうのは、単純な理由で、昼間のドラゴンがブレスを吹かなかったからだ」
俺の推理に、おもしろくもなさそうな顔でキャロルが口を開いた。
「あれは、エルザがそばにいたからよ」
「はいビンゴ。いま君は、あのときのドラゴンが自分だって認めたんだよ」
俺の指摘に、キャロルがしまったという顔をした。表情が顔にでないように、結構がんばっていたんだが、やはりこのへんが限界だったらしい。
「話をつづけるぜ。確かに最初、俺とエルザは馬車の上にいた。そしてあのドラゴン――だから、君なんだけど、どういうわけだか、エルザをつれてくるという命令を受けていた。だったらドラゴンは俺たちにむかってブレスを吹けない。鋼鉄の甲冑が溶解どころか、瞬間蒸発するレベルの火力だからな。そこまではいいとしよう。ただ、それでも、天空へむけて威嚇の一発も吹かなかったってのはどういうことだ? それに、あのとき、君はエルザをさらおうとして、片手でつかんだよな? だったら、エルザにブレスがかからないようにして、馬車の上にいる俺を丸焼きにできたはずだ。それをしなかったのはなぜか? 最強の必殺技であるブレスを吹けないからに決まっている」
「私は、あのとき、あなたを見逃してあげたのよ」
「あー言ってたな。あのとき、俺は槍で腹を貫かれていた。それでまずそうだとか理由をつけていたが、だったら、エルザをつかんでいないほうの手で、俺の身体から槍を引き抜いて、それから俺を食っちまえばよかったんだ。あのときの俺は身動きとれなかったんだし。だが、君はそれをしなかった。理由は簡単で、ドラゴン化に時間制限があるからだよ。俺を丸飲みにした後、時間がきて、いまの身体に戻ったとき、腹のなかの俺はどうなる? 俺の身体の体積は変わらない。そうなったら胃袋が破裂して君は悶絶死。ドラゴン化している状態で食事をしたらそうなるって、そこのアンソニーから説明を受けたのか、本能的に気づいていたのかはわからないけどな。それで君は俺を食わなかったんだ」
ちょっと言葉を区切って、俺はキャロルを見た。返事はないが、表情は不愉快そうだった。俺の言っていることが事実だと認めている証拠だな。
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