第三章・その3
「アンソニー様!」
廊下を駆け抜け、エルフが正面の大扉をあけた。どこかのお城の王室みたいな大広間があり、玉座みたいな椅子に、ほかのエルフたちよりも、若干年上に見える、壮年って感じのエルフが座っていた。
「大変です! 吸血鬼連中が、我らの領土に押し入ってきて、いま、外で小競り合いが起きています!!」
「――なんだと?」
おそらくアンソニーだろう、エルフの長っぽいのが表情を変えた。
「奴らが正面切って戦争を挑んできただと!? わかった。いま、動かせる兵をすべてだせ!」
「わかりました!!」
言って、エルフが背をむけて、あらためて大広間を飛びだしていった。
さてと。
「――それで、そこにいる、血まみれの貴様は何者だ?」
エルフのボスのアンソニーが、ここで俺に気づいたような調子で声をかけてきた。近くに立っていた側近らしいのが、無言で槍をかまえる。
「俺は獣人の冒険者だよ。見ればわかるだろ」
「ほう。それで名前は?」
「ゲイン。エルザって娘を都までつれて行く依頼を受けている」
正直に言ったら、アンソニーが驚いたような顔をした。数秒してから、カラカラと笑い声をあげる。
「これはこれは。かつて魔王を倒した六英雄のひとり、獣王ゲインと同じ名前とは。ひょっとして、子孫か何かね」
「そんなんじゃねえよ。獣王ゲインがどれだけでかかったか知らないのか。俺はただ、この街にいるエルフ連中を仕切っている、アンソニーってボスに話があってきただけだ」
「アンソニーは儂だ」
「見ればわかる」
言って俺はアンソニーの前まで近づいて行った。近くの側近が槍の先端を俺にむける。表情は敵意に満ちていた。
「それ以上動くな。動けば」
最後まで言わせず、俺は槍の先端を右手でつかんだ。ぼきん。割と簡単に折れるな。街から投擲した奴とは違い、エルフが手に持てるレベルの重量だ。大して強度もないんだろう。
「な――」
「悪いな」
折れた槍を払いのけ、驚くエルフに近づいた俺は、そのエルフの首筋に腕をかけた。ちょっときつめに締めあげる。
少しだけエルフが抵抗し、すぐ静かになった。想像通り、頸動脈の位置は人間と変わらなかったらしい。ぐったりしたエルフを寝かしつけ、俺はアンソニーに目をむけた。
「――殺したのか?」
アンソニーが眉をひそめて訊いてきた。
「安心しろ、ちょっと血の巡りをとめて眠らせただけだ。放っておけば目を覚ます」
「ふむ、では、その点については礼を言っておこう」
「俺は冒険者だ。依頼がなければ無駄に殺しなんかしない。やったって楽しくないしな。で、聞いてほしいことがあるんだけど」
「そういえば、話があると言っていたな」
「その通りだ」
俺はアンソニーの座る玉座の前まで行った。アンソニーは動かない。動いたらやられると思っているのかもしれなかった。
「まあ、安心しろ。いまの時点では、俺はあんたを傷つけようとは思っていない。昼間、あんたの部下が俺に遠距離魔法で槍を投げつけてきた件は忘れてやる」
俺の言葉に、アンソニーが眉をひそめた。
「そんなことがあったのか。それは災難だったな」
「とぼけなくていい。そうするように、あんたが部下に命令したんだ」
「ほう」
アンソニーの、俺を見つめる目つきが変わった。
「これは無礼な言葉だな。何か証拠でもあるのかね?」
「あるぜ。言ってやろうか? ここから少し離れた街を仕切っているのが、吸血鬼の団体さんと、エルフの組織で、お互いに対立しあってるって話は俺も聞いている。で、俺は昼間に槍で貫かれた。ということは吸血鬼の仕業ではない。それから槍は、街のある方向から飛んできた。吸血鬼以外で街を自由に出入りできる連中と言ったら誰だ? しかも、遠距離魔法を使える特殊な手合いが。俺は昨日まであの街にいたけど、そのレベルの魔法が使える、人間の魔法使いはいなかったね」
「ふむ」
アンソニーが笑いながら自分のあごを撫でた。余裕ぶっているが、眉間のしわは俺に本音を物語っていた。
「つまり、獣人の、ただの思いこみというわけだ。よく言って素人の推理だな。なかなかおもしろかったが、所詮はそこまでだ」
「ならもっとつづけるぜ。俺はドラゴンに襲われた。それを返り討ちにしてる最中、槍でやられたんだ。そのドラゴンはこんなことを言ってたぜ。――依頼をしておきながら、あの男、結局は自分を信用してなかったとかなんとか。ドラゴンに何か依頼できる奴が世界にどれだけいる? あんたはそれをできる立場の側だ。それからさっき、俺があんたに自己紹介をしたら驚いていたな。そのあと、すぐに、俺の名前が六英雄のひとりと同じってことで驚いたような顔をしていたが、本当はそうじゃない。ゲインなんて名前の奴はそれほど珍しくもないからな。あれは、エルザを都につれ戻す依頼を受けた冒険者が、血まみれなのに、平気な顔で自分の目の前までやってきたことに驚いたんだ。自分が殺せって命令しておいて、腹を槍で突き刺された奴が痛がりもせずにやってくれば、そりゃ、驚いて当然だろう」
俺はアンソニーを見すえた。もう、アンソニーの口元から笑みは消えていた。
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