第三章・その2

「この街の吸血鬼のボスはランベルトで、その息子はヴィンセントって言ったかな」


 そのまま俺が言ったら、吸血鬼連中の表情が急に変わった。お互いに顔を見合わせてから、眉をひそめて、あらためてこっちをむく。


「てめえ、なんで首領の名前を知っている?」


「人の血を吸おうなんて奴の質問に答える筋合いはねえなあ。代わりにひとつ教えてやる。俺は旅行者じゃなくて冒険者だ。金で雇われたらなんでもやる」


 俺の返事に、吸血鬼どもの形相に敵意が加わった。


「てめえ、まさか、俺たちの首領を殺ろうってんじゃないだろうな」


「そんなことは言ってねえさ。やらないとも言ってないがな」


 俺は吸血鬼どもを見まわした。吸血鬼どもが、軽く腰を落としてかまえはじめる。獲物を狩るんじゃなくて、敵と戦うって目つきになっていた。


「ただ、この数をいっぺんに相手はできないな」


 軽い調子で言いながら、俺は少しだけ右足を後ろにひいた。


「そういうわけで、いまのところは逃げさせてもらうぜ。あばよ」


 捨て台詞調に言ってから、俺は背をむけて走りだした。一瞬置いて、背後から怒号が聞こえてくる。


「てめえ、待ちやがれ!」


「何者だ!!」


「そこから先は、エルフどもの巣窟だぞ! ひょっとしててめえ、そいつらの――」


 返事をせずに俺は走りつづけた。何、全力はだしていない。下っ端の吸血鬼が追いつける程度の速度である。ついでに軽く獣化を意識した。そのまま、暗闇のなかでの見通せる目で森のなかを走りつづけると、不意に開けた場所にでた。弓矢で武装した金髪のエルフたちが何人か、歩きまわっている。


「おい、大変だぞ!」


 俺は目の前にいたエルフに声をかけながら駆け寄った。いきなりのことに、そのエルフがギョッとした顔でこっちをむく。


「なななんだおまえ。血まみれで何者だ!? ここは俺たち崇高なエルフ族の領域だぞ!」


「そんなこと言ってる場合じゃない。あれを見てみろ!!」


 俺はエルフの肩をつかみ、そのまま後方へ突き飛ばした。ちらっと見ると、ちょうど、俺を追いかけてきた吸血鬼たちと、ばったり目が合ったところである。お互い、ギョッという感じで立ち止まり、一瞬だけ見つめ合ってから、ふたりとも仲間のほうをむく。


「くそ、こうなったら仕方ねえ、やっちまうぞ! 街からもっと仲間をつれてこい!!」


「アンソニー様に報告だ! 吸血鬼の連中、とうとう本腰を入れて戦争を吹っかけてきたぞ!!」


 お互いが勝手に言い合い、派手な打撃の音と、矢を打つときの空気を切る音が聞こえてきた。視界の隅で、アンソニー様に連絡と言われたエルフのひとりが、森の奥へむかって走りだしている。こいつはいい。エルザのいる方向はわかるが、アンソニーがどこにいるのかはこいつに教えてもらうとしよう。そのまま俺は身をかがめ、エルフのあとを追うことにした。


 エルフがたどり着いた場所は、石を積みあげてつくった神殿みたいな場所だった。


「大変だぞ! 街の吸血鬼連中がいきなりやってきて、いま、見張りをしていた連中と戦ってる!」


 エルフの声に、神殿の周囲にいた、同じくエルフの兵士たちが顔色を変えた。


「いまの話、早くアンソニー様に言ってこい! それから、動けるものは、すぐに全員でられるように声をかけておけ!!」


「俺もアンソニーのところに行くぞ!!」


 俺が言ったら、話を聞いて青い顔をしていたエルフが驚いた目でこっちを見た。


「なんだ貴様? どこからきた?」


「俺は街からきた獣人だ。アンソニーに会わせてくれ!!」


「馬鹿か貴様。こんなときに、素性も知らない奴をアンソニー様に会わせられるわけないだろうが!」


「何を言ってるんだ! 俺は、あの吸血鬼たちがここにくるのを知らせにきたんだぞ。アンソニーの娘のメアリーとも面識がある!!」


 俺の言葉に、エルフが一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「貴様、どうしてメアリー様の名前まで知っている?」


「だから面識があるって言っただろうが! 早くアンソニーのところまでつれて行ってくれ。そうしないと大変なことになるぞ! あいつらがやろうとしているのはこれだけじゃない!!」


 必死の形相を装う俺を見て、少しだけ悩んだエルフがうなずいた。


「わかった。じゃ、一緒にこい」


 言ってエルフが神殿のなかに飛びこんだ。俺もつづく。すれ違うエルフたちが妙な目で俺を見ていたが、仲間のエルフが当然のように俺をひきつれているので、特に制止の声をかけられることもなかった。

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