第三章・その1

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「おい、ゲイン!」


 さっきまで黙っていたエヴィンが馬車をとめ、慌てた顔で俺の前まで駆けよってきた。


「大丈夫か? いまから街に引き返すぞ」


「ああ、気にしないでくれ。そこまで迷惑はかけられない」


 と言ったつもりだったが、口のなかが血まみれでうまくしゃべれない。とりあえず、俺は腹から突きでている槍を両手で握った。


「ふん!」


 流血を巻き散らしながら、俺は槍を抜いた。軽く胸を撫でてみる。ありがたい。心臓は潰されていないな。あとは放っておけばなんとかなる。


「幌を破くようなことになっちまって悪かったな」


 俺は口のなかの鮮血を飲みこみ、エヴィンに言った。慌てた顔をしていたエヴィンが目を見開く。


「おまえ、それで話せるのか!?」


「だから言っただろう。俺は不死身なんだよ」


 俺は槍を荷台に置いた。


「目的の街に行ったら、この槍も水で洗って売り飛ばしちまいな。幌を破いちまった分くらいにはなるだろう」


 言って俺は馬車から降りた。まだ足がふらつくが、歩けないことはない。


「あばよ。縁があったら、また会おう」


「馬鹿言うな。おまえ、それ、本当に死んじまうぞ」


「それでも行かなくちゃならないんだよ。あの娘を都までつれて行くってのが俺の受けた依頼なんでな」


 俺はエヴィンに言い、そのまま街へむかって歩きだした。――一時間ほど歩いたあたりで、腹の痛みがひいてきた。傷も塞がってきたな。そろそろ走れるか。俺は獣化したままの状態で駆けた。体内の血が足りないから、まだ全力はだせない。それでも猟犬並みの速さで走り、夕方になるころ、俺は街に到着した。


「ちょっとちょと、そこの毛むくじゃらのあなた!!」


 そのまま、左腕にはめた腕輪で、エルザのいる方向を探ろうとしたら、通りがかりの主婦が慌てた顔で声をかけてきた。


「なんなのよ、そんな血まみれで。それ、返り血なの? 獣人だから物騒な仕事が得意だってのはわかるけど。それはさすがにシャレにならないでしょ」


「――ああ、驚かせてすまないな。街の外で、ちょっとあったもんで」


 俺は人間の姿に戻るように意識しながら手を左右に振った。


「それから、これは返り血じゃなくて、俺の血だ」


「冗談言ってる場合じゃないでしょう。とにかく、どこかで身体を洗いなさい。この街は、夜、吸血鬼がでるんだから。そんなに血の匂いを巻き散らして歩いてたら、どんな目に遭うか」


「問題ない。俺は冒険者だぞ。自分の身くらい自分で守れる――」


 言いかけ、俺はいま、自分が意外といい状況にいることに気づいた。これは予想外の事態だったな。俺も読めなかった。


「獣の血だからな。いい撒き餌になるだろうよ」


「は? あなた、何を言って」


「早く家に帰って、扉には鍵をかけておきな。今日の夜は面倒なことになるはずだ」


 通りすがりの主婦に言い、俺は歩きだした。あらためて、東西南北に左腕の腕輪をむけてみる。――エルザのいる方向は判明した。そのまま歩きだす。


 太陽が完全に沈むころ、俺はふたたび街のはずれまできていた。腕輪が指し示す方向は、街から抜けて、目の前にある森へつづいている。


 そして、俺の背後には。


「なあ、お兄さん、そんなに血の匂いを巻き散らして、どこへ行こうって言うんだい?」


「そうそう、このへんはあぶないぞ」


「まあ、あぶないことをするのは俺たちなんだがな。ひひひ」


 ずいぶんと品のない声がした。振りむくと、赤く目の輝く、うさん臭そうな連中が何人もいる。案の定だな。俺の血の匂いに引きつられてきた吸血鬼か。


「へえ、知らない顔だな」


「どこかからきた旅行者だろ」


「それは災難だったな。ものを知らない奴は馬鹿な真似をとるもんだ」


 言いながら吸血鬼どもが近づいてきた。俺を八つ裂きにして生き血を絞りだす気まんまんって顔をしている。俺もそいつらを冷えた目で見つめた。

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