第二章・その8
「毛むくじゃらで、角が生えて、牙がすごい」
エルザが呆然とつぶやいた。
「それが、ゲインの、本当の姿なの?」
俺は苦笑した
「あんまり見てくれがよくないから、できればこの姿にはなりたくなかったんだがな。いまのこれは、どうしても戦わなきゃいけないときの姿だ。俺の姿は嫌だったか?」
「ううん」
エルザが首を横に振った。
「確かに怖いけど、声はいつもの、やさしいゲインだもの」
「いつまでその娘としゃべっている?」
ドラゴンが俺に声をかけてきた。
「何か勘違いをしているようだから言っておこう。私は、その娘をつれてくるようには言われたが、ほかのものを傷つけるなとは言われていない。貴様を殺すことなど――」
「ああそうかい」
言いながら俺は振りむき、持っていた小箱をドラゴンの顔にむけて力まかせに投げつけた。ドラゴンの顔に小箱がめりこみ、ドラゴンが絶叫をあげる。
「さすがに効いただろう。槍や甲冑をつくる鉄鋼の塊だからな。ついでに言うなら重量は一〇〇ポンドだ」
あらためて俺は足元の小箱を拾い上げ、ドラゴンを見つめた。
「大砲の弾を直撃で食らったら、城壁だって崩れ落ちる。ドラゴンはどうだろうな?」
「――貴様、この私を怒らせたらどうなるのかわかっているのか?」
ドラゴンが自分の頬を前脚で押さえながらにらみつけてきた」
「私がその気になったら、炎の吐息で、貴様など、丸焦げになるんだぞ」
「そんなことしたら、ここにいるエルザも丸焦げになるぞ」
俺の言葉に、ドラゴンがおとなしくなった。
「いま、おまえは言ったな。『私は、その娘をつれてくるようには言われたが、ほかのものを傷つけるなとは言われていない』――誰に言われたのかは知らないし、どうしてそんな命令をドラゴンが聞いているのかはわからないが、そういう状況だって言うなら、おまえはエルザを殺すことはできない。つまり、ブレスは使えないはずだ。というか、使えるなら、とっくに使ってるだろう」
ドラゴンの眼光が倍増しになった。痛いところを突かれたって感じだな。
「それでも、私がその気になったら、貴様を噛み殺すことも」
言いかけたドラゴンが顔をのけぞらせた。俺のぶん投げた、鉄鋼入りの小箱がふたたび直撃したのである。今度はあごだ。ドラゴンが顔を押さえてのたうつ。
「その割には噛み殺せないな。獣人の冒険者の実力に驚いたかい?」
第三の小箱を拾いあげながら、俺はドラゴンに声をかけた。
「これに懲りたら、二度と俺たちに関わろうとしないことだな。俺は、その娘をつれて、都に行こうとしてるだけだ。おまえがちょっかいをかけてこなければ、やり返したりもしない」
小箱をかまえながら俺は宣言した。ドラゴンがのけぞらせた顔を、あらためてこっちへむける。
「ほら、どこへかは知らないけど、とっとと帰りな」
俺の言葉に、ドラゴンが無言で翼を羽ばたかせた。バッサバッサ音をたてながら、幌の失せた馬車から離れる。
このまま行ってくれるか。ほっとなった俺の見えている視界の果て――まだかすかに見えている、エルフと吸血鬼がすくっている街から、何か光のようなものがキラリと見えた。ヤバい!!
「伏せろ!!」
俺がエルザに言った直後、俺の腹を強烈な衝撃が駆けた。見ると、俺の腹から槍みたいな棒が生えている。街から超音速で飛んできたらしい。くそ、不覚をとったな。まだ街から見える視界の範囲内だったか。だったら、何者かが遠距離飛行系の補助魔法を使えば、槍でも弓矢でも自在に届く。
「しくじったな」
独り言のつもりだったんだが、同時に口から鮮血が漏れた。立っていられなくなり、膝をつく。
「ゲイン!」
エルザが驚きの声をあげると同時に、さっき、飛び去ろうとしていたドラゴンが降りてきた。このまま殺されるか? 考えている俺の前で、ドラゴンが急に視線を逸らせた。街のほうを見る。
「この娘をつれてきてほしい、頼むなどと言っておきながら、ほかに伏兵も用意していたとは。あの男、結局は私を信用していなかったのだな」
事実、一匹じゃ、何もできなかっただろうが。――軽口を言ってやろうと思ったが、声の代わりにでたのは血塊だった。
「まあいい。この娘をつれて行けば、それで私の仕事は終わる」
ドラゴンが言い、前脚でエルザをつかんだ。
「離して!」
「そうはいかん。これも約束でな」
悲鳴をあげるエルザをつかんだまま、ドラゴンが翼を羽ばたかせた。そのまま幌馬車から離れる。
「本当なら噛み殺してやるところだがな。いまは槍つきでまずそうだし、やめておこう。大急ぎで医者に診てもらえば助かるかもしれんぞ。チャンスをやる」
ドラゴンが俺に言い、背中をむけて、街のあるほうまで飛んで行った。
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