第二章・その3

「話はわかった。つまりあんたたちは、大ボスのアンソニーとは違って、魔道の研究をするなら、大魔導師アーバンの娘であるミーザでなく、ほかの魔導師でも構わないと思っている。そして俺は、ここにいるエルザを都に返していいわけだな?」


 過程をすっ飛ばして結論の確認をしたら、メアリーが困ったような顔をした。


「それは――」


「だってそうだろう? もし、あんたの父親のアンソニーの命令が絶対だって言うんなら、あんたたちは問答無用で俺からエルザを引き離してるはずだ。それをしないで、平和的に話し合いで解決しようとしている。つまり、いま、あんたたちは、大ボスのアンソニーの命令の外で行動してるってことになるな。これは俺の勘だけど、ここにいる部下は、みんなあんたの手下ではあるが、アンソニーの命令を聞く気はないはずだ。エルフが長生きなのは有名だが、結局のところ、世代交代はある。そうなったら、考えにずれはあって当然だ。そして、あんたたちの組織も一枚岩じゃない。――どこまであたった?」


 俺の質問に、メアリーが少ししてから微笑した。


「獣人の冒険者というのは、想像していたよりも聡明なのですね」


「現場の経験だよ」


「ただ、そこまで言うのでしたら、私も言いましょうか?」


「何をだ?」


「あなたは、この状況を心好く思っております」


 メアリーも笑顔だった。


「ふうん。こんな面倒くさい展開をか?」


 俺は食後のミルクを飲みながら、メアリーの目の前で足を組んで見せた。


「どうしてそう思ったのか、その理由を説明してもらおうじゃないか」


 俺が言ったら、メアリーが俺から視線を逸らした。さっきから眠りっぱなしのシャイアンに目をむける。


「そこにいる、ドラゴニュートの――なんだったかしら」


「シャイアン」


「そうそう、そのシャイアンを助けられて、安心しているのです」


「昨日会ったばかりの他人だって言ったはずだがな」


「それでもです。あなたは最初、自分は依頼を受けた、そこのエルザという少女を都へつれて行く。――そればかりを言っていました」


「そのとおりだ」


 うなずく俺を前に、メアリーの笑顔は変わらなかった。


「そして、ドラゴニュートのシャイアンの件を私が口にしても、平然と見捨てるようなことを言っておりましたわね。私には、必死で平静を装っているように見えましたが」


「へえ、そんな風に見えたのか」


 言葉通り、平静を装いながら俺は返事をした。見抜かれていたのか。


「そして、エルザが、シャイアンを助けてあげてと言ったとき、一瞬ですが、あなたはしめたという顔をしました」


「見間違いだろう」


「では、なぜ、エルザの要望を受け入れたのです?」


 ここで俺も相槌を打てなくなった。


「あなたはこうも言っておりました。複数の依頼を受けられる程、自分は器用ではない。――これも、おそらくは事実なのでしょう。そのあなたが、エルザを都へつれ戻すという依頼を受け、さらにはドラゴニュートのシャイアンを助けるという依頼まで受けた。しかも、その報酬は、さっきあなたが食べた、冷えたハンバーグひと皿でした。常識で考えてありえません」


「――」


「思うに、あなたは、冒険者にしては情が深いのでしょうね。ただ、依頼もないのに、昨夜知り合ったばかりのドラゴニュートのシャイアンを助けるわけには行かない。形だけでいいから、何かの口実、理由づけが必要だ。――そんなことを考えていたのだと思います。そして、そこでタイミングよく、エルザがシャイアンを助けてあげてと声をかけてきた。あなたにとっては救いの女神だったのだと思います」


「よくそこまで思いこみでものが言えるもんだな」


「それはあなたも同じだと思いますが? 違うというのでしたら、そこにいるエルザの言うことなど無視し、ドラゴニュートの娘を見捨て、問答無用でここから飛びだして、エルザをつれて都へむかえばいいでしょうに。なぜ、そうなさらないのです?」


 降参という印に、俺は両手をあげてみせた。俺の動きに、離れていたエルフたちが無言で腰に手を伸ばす。俺が何かすると思ったらしい。


「安心しろ、これは人間の世界で、もう打つ手がないってジェスチャーだ。こっちのお姫様には何もしないよ」


 部下に声をかけて、俺は腕を降ろした。


「大したお言葉だったな。冗談抜きで恐れ入った」


「いえいえ、あなたが、人間として素晴らしいのだと賛美しただけです。冒険者としては、仕事に徹底できない未熟者かもしれませんが」


「その未熟者が、どうしていままで生きてこられたのか、その理由を教えてやろうか?」


 メアリーの返事を待たず、俺はテーブルに置いてあった、冷めきったハムエッグの皿を手にとった。――この瞬間、メアリーの表情に驚愕が走った。思った通りだったな。かまわず俺はハムエッグの皿をメアリーに差しだした。


「すまないな。これ、一口、食べてみてくれない?」


「――なぜ、そんなことをしなければならないのです」


 かなり待ってから、メアリーが返事をしてきた。顔に浮いているのは、あきらかにつくり笑いである。


「ゲイン?」


 俺の横で、少し不思議そうに、エルザも声をかけてきた。


「それは安全なはずだ。普通に食べちまいな」


 俺はエルザと、エルザの食べているハンバーグに目をむけて言い、再度、メアリーにむきなおった。


「あんたの言葉が真実だと、できるなら俺も信じたいね。だから、これは確認しなければならないことだ。さっき、あんたは、妙な匂いのするハンバーグを平気で食べた。俺も残りを食べたよ。うまかったね。じゃ、こっちも毒見できるはずだろう? なぜできない?」


「それは――」


 メアリーが言葉に詰まった。


「言えないようだったら、俺が代わりに言ってやろうか? 俺はハムエッグを注文した。エルザはハンバーグを注文したがな。それを確認したあんたたちは、即効性の睡眠薬と同じ匂いのするハーブをハンバーグにかけた。で、実際にはなんの効果もないことを、あんたは一口食べて証明してみせた。俺も食べたしな。ここまでは事実だ。ここから先、あんたたちは何も言ってなかったがね」


 言って、俺はあらためて、ハムエッグの匂いを嗅いだ。


「よーく似ているが、さっき、俺が食べたハンバーグの香りとは違う。こっちにかかっている睡眠薬は本物だ」


 メアリーだけではなく、遠巻きにしているエルフ連中も表情が変わった。さすがにここまで見抜かれているとは思っていなかったらしい。俺は軽く笑いかけてやった。

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