第二章・その4

「俺の推測ではこうだな。まず、俺に睡眠薬入りのハムエッグをだす。俺が気がつかないで食べて、その場で昏倒したら、あとはボスのアンソニーの命令どおりにエルザを誘拐すればいい。アンソニーの考えは古くて、正直に言うと命令を聞きたくはないが、正面から逆らうことも不可能だ。吸血鬼連中との戦争も避けたいからな。あとは、都にいるミーザとどういう交渉をするのかは知らんが、それはアンソニーの意向で行動すればいいだけの話だ。で、俺は眠ってるんだから、あとは煮て殺すも焼いて殺すも好きにできる。自分の身も守れないような冒険者は用心棒として雇う価値もない。――これがあんたたちの、第一の作戦だ」


 一度言葉を区切り、俺はメアリーを見つめた。メアリーは返事をしない。


「そして、俺が睡眠薬の匂いに気づくレベルだった場合はあんたがでてくる。それで、これは俺の実力を試すためのテストだった。睡眠薬の匂いはハーブでつくったと言い、自分が食べて無害なことを証明する。エルザの注文したハンバーグのほうを食べてな。これをやれば、普通なら、ハムエッグにかかっている睡眠薬も偽物だと判断するはずだ。あとは用心棒になってほしいと交渉に入る。問題は残っているハムエッグ。俺は匂いで気がつくレベルの冒険者で、しかも獣人だからな。実際に一口食べれば、いくらなんでも、こっちの睡眠薬はハーブじゃなくて本物だってバレるはず。そうなったら交渉は決裂、その場で大喧嘩になるのは目に見えている。そうはしたくない。ではどうするか? 匂いが不快だろうとか、料理が冷めたとか適当なことを言って、無害なハムエッグを持ってきて交換すればいいんだ。それで証拠隠滅は完了。――これが第二の作戦だ。つまり、どっちに転んでも、あんたたちが損をすることはない。まあ、俺があんたの立場だったら、こういう計画を立てるね」


 メアリーは沈黙したままだった。


「で、想像どおり、エルザの注文したハンバーグと一緒に、無害なハムエッグも持ってきた。ただ、俺が、もったいないから冷めたハンバーグでもいいと言ったら、こりゃまずいって顔をしてたな。綿密でよくできた計画ってのは、ほんの小さなアクシデントで何もかも崩壊するもんだ」


 俺は持っていたハムエッグの皿をテーブルに戻した。


「まあ、利用価値のない相手を切り捨てるってのは、どこの世界でもあることだ。悪いという気はないがね。何か返事ができるかい?」


 俺はメアリーの反応を見た。少しして、メアリーが口を開く。


「私の名誉に誓って約束しましょう。これ以降、私はあなたに騙し討ちをするような真似を、一切いたしません」


「そうしてくれるとありがたいね」


「それから、あらためて申しこみます。私たちのもとで、傭兵として行動する気はありませんか」


「それは断る。俺は最初に言っただろう。あんたの話を聞くだけだってな。依頼を受けるとは言ってない」


 俺はメアリーから目を逸らし、ドラゴニュートのシャイアンを見た。なんだか、むにゃむにゃ言いながら両手で顔をこすっている。ちょうどいいタイミングだったな。


「え、あれ? 私、どうしてたの? 仕事しようと思って、ここにきたはずなのに」


 なんだかわからないって顔で、シャイアンがキョロキョロしはじめた。何をされたのか覚えていないらしい。


「仕事の疲れでもでたんだろ。ほら、今日の分のチップだ」


 適当なことを言って銀貨を渡し、俺はエルザを見た。エルザはエルザで、少し怯えた感じでメアリーを見ている。結局のところ、メアリーも自分を誘拐することが目的だと気づいたらしい。


「飯はもう食べたな。じゃ、行くか。――ああ、そうそう」


 椅子から立ちあがりかけ、俺は思い直して椅子に座りなおした。


「どうせ最後だ。ちょっといいものを見せてやる」


「ゲイン?」


 不思議そうに言うエルザに少し笑いかけ、俺はテーブルのフォークを右手にとった。睡眠薬入りのハムエッグに突き立てる。そのまま左手で皿をとり、ハムエッグを一気に自分の口に押しこんだ。


「ゲイン! 何をするの!?」


 エルザが驚きの声をあげ、メアリーも目を見開いた。かまわず口を動かし、勢いに任せて飲みこむ。


「さっきも言ったけど、食べ物を残すのはもったいないからな」


 言いながら俺は皿をテーブルに置き、立ちあがった。


「じゃ、エルザ、行くか」


「え、あ、うん」


 エルザが呆然とうなずいた。


「それはいいけど、大丈夫なの?」


「仕事柄、いろんなものを口にしてるからな。とっくの昔に耐性ができてる。普通の人間相手に使う、お上品な睡眠薬なんて、俺には効かないんだよ」


 エルザの手をひき、俺はテーブルから離れた。驚きの目をむけているメアリーのほうをむく。


「というわけだ。あいにくと、最初から、何もかも計算違いだったな」


 口元を片側で釣りあげて笑い、そのまま俺はエルザをつれて食堂をでた。

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