第二章・その2
「まあ、その辺は、戦略の基本だな。自分たちが強ければ、相手は喧嘩するのをためらう。それで、どうしようって言うんだ?」
「都の魔導師たちと、魔道の知識を交換するつもりでした。特に、魔王の遺骸を研究する者たちと」
俺の視界の隅で、ハンバーグを食べているエルザの動きが止まった。
「それは予想外の返事だったな。ああ、気にしなくていいぞ。普通に食べてな」
前半の言葉をメアリーに、後半の言葉をエルザに言って、さらに俺は話をつづけた。
「なんでそんなことを考えた?」
「都のことは私たちも知っています。かつて、大魔導師アーバンの倒した魔王の遺骸を回収して、いまも研究しているのでしょう? そのメカニズムさえ解析できれば、人間も、私たちと同じ、不老の身体になれます。その手助けをしてあげたいのです」
「そんなことをして、あんたたちになんの得がある?」
「人間たちの研究に私たちが参加すれば、彼らの研究にも、さらに拍車がかかるはずです。それとは逆に、私たちの知らない魔道技術も、人間たちから教えられることになるはずです。それに、先ほども言ったとおり、私たちは吸血鬼たちとの戦争から避けられます」
「なるほどね」
ハンバーグを食べながら、俺はうなずいてみせた。いまのところ、言っているところにおかしな点はない。――こういう、非の打ちどころのない話ってのは、だいたいがうさん臭い話なのだが。
「そういうわけで、あなたには協力していただきたいのです」
「ふむ。それで、その協力ってのは?」
「ですから、私たちの雇った傭兵として、吸血鬼たちの魔の手から、私たちを守って欲しいのです。何、長い時間ではありません。都からきた魔導師たちと、私たちが、共に魔道の研究をする。その間だけの、用心棒になっていただければいいのです」
「ふうん。それで? 長い時間ではないと言っておきながら、具体的な日数は提示されないわけか?」
ハンバーグを食いながら俺が言ったら、メアリーが、慌てたような顔で右手をだした。
「これは失礼しました。では、これくらいでは?」
「その手は五ヶ月か? 五年か?」
「五百年です」
「ふざけてるのか」
「とんでもない。私は大真面目です。いいですか? あなたが、いまは人間の姿をしていますが、実は獣人だということは聞いています。ただ、寿命は普通の人間と大差ないでしょう。私たちと同じ、はるかに長い間、生きていける素晴らしい身体を持ちたいとは思わないのですか。私たちに協力していただければ、それが可能になるのですよ」
「あー、そういうことか」
結局のところ、報酬はそれか。昨夜、吸血鬼のヴィンセントが言ってきたことと同じだな。俺は残り少ないハンバーグを口に入れながら、メアリーを見た。
「で、こっちから質問、いいか?」
俺はメアリーに訊いてみた。メアリーが不思議そうにする。
「私は、とてもいい条件をだしたつもりでした。何が不満なのでしょう?」
「不満じゃなくて、ただの質問だ。いいか、あんたの言うことはよくわかった。ただ、まだ納得のできないことがある。なんでエルザをさらった?」
ぴく、とエルザの動きが止まったが、俺は話をつづけた。
「俺は最初、ここにいるエルザを助けだして、都につれ戻せば、それでOK。何もかも一件落着って思っていた。そもそもが、そういう依頼だったからな。ところが、どうもおかしい。それ以外にも、なんだか妙な話が転がりこんでくる。――まあ、そのこと自体はおかしな話じゃない。こういうときは、自分のやることだけをやって、相手のやることには付き合うなってのが鉄則だ。俺も、最初はそのつもりだった」
一旦言葉を区切り、俺は横に居るエルザを見た。エルザも、なんだか不安そうにしている。
「大丈夫だから」
俺はエルザの頭をなで、それからメアリーを凝視した。
「ところが、今回は、このエルザが、さっきの、ドラゴニュートのシャイアンを助けて欲しいって、あらためて依頼をだしてきた。それが原因ってわけでもないんだがな。けど、話を聞いてると、どうもおかしい。それで俺も事情を知りたくなった。俺を雇いたいっていう以上は、まずは、どうしてエルザを誘拐したのか、その理由もきちんと説明してもらおうか。そうでなければ協力なんてできないね」
俺は最後のハンバーグを口に放りこみ、飲みこみながら腕を組んだ。
「さ、説明してくれ。なんでエルザを誘拐した?」
「――最初は、そんなつもりなどなかったのだと、お父様もおっしゃっていました」
メアリーが下をむき、俺に視線を合わせないようにしながら言ってきた。
「お父様ってのは、ここのエルフのボスのアンソニーのことか?」
メアリーがうなずいた。
「もともとは、魔王を倒した大魔導師アーバンの知識を受け継ぐものの協力を仰ぎたいと。それで、使いのものが都まで行ったのです」
「ふむ」
ということは、エルザのお母さんの方か。大魔導師アーバンの子供が女だったってのは俺も知っている。旦那は婿養子のはずだ。
「ですが、それは断られました。いま、自分たちは魔王の遺骸の研究で、手が離せない。あなたたちエルフとの魔道の研究をすること自体は素晴らしいと思うが、それは、ほかの魔導師たちに頼んで欲しいと」
「それは言って当然だな」
「私もそう思いますが、お父様はそれを許しませんでした」
相槌を打ったら、メアリーが予想外の返事をしてきた。
「我々が依頼をする以上、人間たちも最高級の魔導師をよこすべきだ。二流、三流の魔導師などいらんと言いだして」
「ふうん、まあ、あんた方にとっては、それも当然なのかもな」
何しろ、エルフと言ったら、妖精の貴族だなんだと、プライドでガチガチに固まっている連中だ。相手が少しでも態度のレベルを下げたら、そりゃ、切れて当然だろう。
「それで、こういうことに」
メアリーが、俺の横に座っているエルザに、ちらっと目をむけた。
「その少女を交換条件に、大魔導師アーバンの娘の――なんと言ったかしら」
「「ミーザ」」
俺と同時にエルザも言った。軽く目をむけると、驚いたことに、エルザが、なんだか怒った顔をしている。
「私のお母さんは、とっても優しくて、素敵な人なの。そりゃ、お婆ちゃんもすごい魔導師だったって聞いてるけど。でも、お母さんの名前を忘れるなんて許さないから」
「それはすみませんでした。小さいレディさん」
メアリーが、少しだけエルザに笑いかけ、それから真面目な顔で俺のほうをむいた。
「それで私のお父様が、大魔導師のアーバンの孫娘をつれてくるように部下に命じました。大魔導師アーバンの娘ミーザが、我々と共同で魔導研究をする。それさえ承諾すれば、その孫娘を無傷で返す。そういう交換条件で」
「世間では、そういうのを誘拐って言うんだがな」
「それくらいは私も知っています」
今度はメアリーが、少し怒ったような顔をした。
「私たちが森から降りて、どれくらい経ったと思っているのですか。私のお父様がとった行動が、人間の世界では非常識なことなど、最初からわかっていました」
「じゃ、なんでやった?」
「やったのはお父様です。そしてお父様は、いまでもわかっておりません。人間の編み出した魔道はともかく、文化などを学ぶ必要はないと言って、目をむけようともしませんでした」
「あー、はいはい。そりゃ大変だな」
俺もだんだんわかってきた。軽く周囲を見まわすと、遠巻きにしているエルフ連中も、少し困ったような顔をしている。ボスの言うことが古すぎてついていけないって感じだった。
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