第二章・その1

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「この街のことを、少しは知っている口ぶりでしたわね」


 約束通り、エルフの部下を遠ざけ、メアリーが俺とむかいあうように、椅子に腰かけて言ってきた。


「上っ面をなぞる程度だけどな」


「では、吸血鬼の一族のことはご存知?」


「まあな。結構派手に揉めてるそうじゃないか」


「私たちは、やりたいと思っているわけではないのですが」


「あ、そうなんだ。これは意外な返事だったな」


「へえ」


 俺はちょっと驚くような顔をしてやった。


「じゃあ、なんで喧嘩してるんだ?」


「むこうが一方的に突っかかってくるのですよ」


 メアリーは、少し悲しそうにした。


「私たちには、太古の昔から伝えられてきた、大いなる魔道の知識があります。それを人間たちに無償で伝えるため、わざわざ山を下りて、この街にきました。それが彼らにはおもしろくなかったのでしょう。彼らは太陽のない、夜の間しか行動できません。そのような束縛もなく、自由に世界を歩ける私たちに嫉妬の思いもあったのかもしれませんが、私たちは、彼らの手で、ずいぶんとひどい噂を広められました」


「なるほどな」


 俺は納得したような表情で、大仰にうなずいてみせた。想像どおりだな。昨夜、吸血鬼のヴィンセントが言っていることとは全く違う。どっちもお互いの正当性を主張するばかりで、相手の言動は一切認めようとしない。俺は過去に、冒険者だけではなく、用心棒や傭兵の真似事もしてきたが、どこでも見る光景だった。


「お待たせしました。ドラゴニュートの娘です」


 考えていたら、メアリーの部下のひとりが声をかけてきた。背中にドラゴニュートのシャイアンを背負っている。なんだかぐったりしていた。


「おい」


 俺はシャイアンを背負っているエルフに喧嘩前提の目をむけた。


「無傷でつれてくるって約束じゃなかったか?」


「ですから無傷です」


 という返事はメアリーからだった。


「いまは薬で眠っているだけですから。放っておけば目を覚ますでしょう」


「ここに置いていきます」


 エルフの部下が言って、近くの椅子まで歩いて行った。背中の翼を傷めないように、背もたれに抱き着くようにシャイアンを座らせて、ちらっと俺を見て、すぐ去っていく。そこまで確認してから、俺はメアリーを見た。


「君が言う、エルフと吸血鬼の関係はわかった。それで?」


「あなたに協力してほしいのです。冒険者ゲイン」


「どういう協力だ?」


「それは――」


 言いかけ、メアリーがちらっと横をむいた。


「お待たせしました。ハンバーグです」


 同時に、またもやエルフの部下が、今度はハンバーグの皿を持ってきた。それだけじゃない。ハムエッグの皿もである。エルザが嬉しそうに声をあげた。


「やった。新しいハンバーグだ。おー湯気が温かそう」


「よかったな。それはいいけど、ハムエッグは注文してないぞ」


「ゲイン殿が注文した、さっきの料理は冷めてしまったのだろうと思って、替えを持ってきました」


「あー、そんなことは気にしなくていい。冷めていても俺は普通に食える。足りなかったら、さっき、メアリーが一口だけ食べた、冷めたハンバーグもあるしな。温かいハムエッグは、あんたたちで食べてくれ」


 ハンバーグの皿を受けとり、ハムエッグを手のひらでストップさせたら、エルフの部下が少し困ったような顔をした。横にいたメアリーもである。


「ですが、お客人に、冷めた料理などをだすわけには」


「俺は冒険者だ。冷めた料理は慣れている」


「あの、そうかもしれませんが。それではこちらとしての、お客人に対する礼儀が」


「冷めたからと言って、料理を捨てるのは、冒険者の俺には我慢ならないんだよ。もったいなくて仕方がない。本当に礼儀を尽くす気なら、俺に、冷めたハムエッグを食べさせてくれ」


「ですが、あの」


 食い下がるメアリーを俺は見つめ返した。


「いいか? 俺は、この冷めた料理が食べたいんだ。断るというなら、いままでの話はなしになるぞ」


 強めに言ったら、メアリーがあきらめたみたいな顔で部下に目をむけた。


「そうなさい」


「わかりました」


 仕方ないって顔で、エルフの部下が、温かいハムエッグを持って奥へ引っこんでいった。もうくる気配がないことを確認してから、持っていたハンバーグの皿をエルザの前に置く。ついでに匂いを嗅ぐ。いい匂いだ。睡眠薬や毒薬の匂いはない。


「じゃ、エルザはハンバーグを食べていてもいいぞ」


「うん」


 エルザが笑顔で十字を切り、ハンバーグを食べはじめた。


「美味しいか?」


「うん!」


 元気な返事がきた。


「そうかそうか。じゃ、俺も、まずは、こっちの冷めたハンバーグを食べてみようかな」


 言って、俺も、さっきメアリーが口をつけた、食べかけのハンバーグにナイフを通した。適当に切って、口に入れる。ハーブの匂いは独特だったが、なるほど、うまい。ソースが絶品だ。


「それで、話のつづきを聞こうじゃないか」


 少し噛んでから飲みこんで、俺はメアリーに話を促した。メアリーが、ほっとしたように口を開く。


「実は、私たちは、相対する吸血鬼の優位に立とうと思っているのです」


「ふうん」


 あらためてハンバーグにナイフを通しながら、俺はうなずいてみせた。

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