第一章・その6

       3




「なんだと?」


 顔をしかめながら訊いたら、ヴィンセントが当然って顔をした。


「君はエルフたちと敵対したんだろう。だったら、私の元へくるべきだ」


「きてどうする?」


「私の命令を聞いてくれればいい。君も、ひとりでエルフたちと揉めるのは面倒なはずだ。バックに我々がいるとなれば、ある程度は身も安全になると思う」


「なるほどな。つまり、俺を雇おうってことか」


 うなずいて、俺はちらっとエルザを見た。まだ起きる気配はない。


「それで、もし俺が依頼を受けた場合、報酬はどうなる?」


「相応の額は払おう。それから、君さえ望むなら、私の眷属として、ずいぶん長く生きることもできるぞ。悪い話ではないと思うが」


「ふむ。確かに、普通に聞いたら、悪くない話だな」


「そうだろう」


 ヴィンセントも笑いながらうなずいた。さっきまでの冷徹な笑みとは違う笑い方である。


「それでヴィンセント。あんたの命令ってのは、具体的には何をすればいいんだ?」


「まずは、さっきも言ったエルフの組織のメアリーを誘拐してほしい」


 いきなり非合法なことを言ってきた。


「それも、絶対に無傷でな。ほかのエルフはどうなろうとかまわんが、メアリーはいかん。何、ちょっと脅しつければ、すぐに言うことを聞くはずだ」


「無傷で誘拐しなければならない理由は?」


「傷がついたら商品価値が下がる。あたりまえの話だと思うが?」


 ヴィンセントの言うことは、一応、筋が通っていた。


「それでどうするんだ?」


「メアリーの父親のアンソニーと交渉をする。この街からでていくと約束させ、血判状を押させたら、それでエルフたちは、本当にこの街をでていくしかなくなるからな」


「なるほどな。で、誘拐するって、どうやればいいんだ?」


「それは冒険者である君が考えることだ。私は依頼をするだけだよ」


「それもそうか。おもしろい話だな」


「そうだろう。では、さっそく今夜にでも」


「ちょっと待て」


 ヴィンセントの言葉を俺はとめた。


「俺はいま、あの娘を保護して、都へつれて行くという依頼を受けている。その依頼をこなしながら、エルフ娘を誘拐するなんて器用な真似、俺にできるとは思えないな」


「――何を言っているのだ?」


 ヴィンセントは、俺の言うことが理解できていないようだった。


「そんな娘など、ほうっておけばいいではないか」


「俺は冒険者だ。受けた依頼は最後までこなす。途中でぶん投げたら次の仕事なんてこなくなるからな」


「いくらもらったのかは知らんが、それを超える額を払おう」


「目先の金に心を奪われていたら、最終的に大損をする。雇われ者が生きていくには、まずは信頼関係を築くこと。次に、コツコツ稼いでいくのが一番だ」


「わからん男だな。私の依頼を受け入れれば、眷属として、永劫を生きることができるのだぞ」


「あいにくと、永遠の命には興味がなくてな」


「愚かしいことをいう男だ。失望したよ」


「仕方がないだろう。あんたが本当のことを言ってないから、俺も信用できないんだ」


 俺の言葉に、ヴィンセントの眉が動いた。


「なんだと?」


「あんたは俺を雇うと言った。顔を見たこともない、獣人の冒険者である、この俺をだ。冷静に考えて、あんたたちがそんなことをする必要はない。あんたたちは、その気になったら、普通の人間を催眠術で操るなり、血を吸って下僕にして命令するなりできるからな。ただ、その方法は選択できなかった。なぜか? それでエルフ連中と喧嘩をするのは利口な方法じゃないからだ。それをやると、吸血鬼の部下が、自分たちエルフと、公の場で敵対行動をとった。これは全面戦争だって話になる。つまり、ヤバくなっても引けなくなるわけだ。ところが、獣人の冒険者を使えば、やったことが表にでても逃げ道がある。あれは旅の冒険者が勝手に馬鹿な行動をとっただけだ。自分たちは何も知らないと言い張れば、それで、形の上では均衡状態が保たれるからな。つまり、あんたは俺をトカゲのしっぽ切りに使おうと考えた。――違うか?」


 ヴィンセントは、少ししてから口を開いた。


「これは驚いたな。獣人の冒険者だから、暴れることしか考えていないと思っていたんだが」


「こんなものは初歩の初歩だ。大体、冒険者や傭兵なんて、そのためにいるもんだろうが。それなのに、あんたの言うことは条件が良すぎる。普通は疑って当然だ」


 俺は、まだ寝ているエルザに眼をむけた。


「だから俺は、最初に受けた依頼をこなす。それともうひとつ。あんた、自分の仲間や親にも隠しごとがあるんじゃないか?」


 ヴィンセントの目が見開かれた。


「なぜそう思った?」


「あんたが吸血鬼のボスの、ランベルトって言ったかな。その息子だってことは信用しよう。この街で、どうでもいい下っ端がそんな嘘を吐いたら、本物に八つ裂きにされるはずだからな。ただ、だったら、普通に考えて、あんたは吸血鬼の組織の部下に命令して、俺を迎えにこさせるはずだ。吸血鬼の王子様ご本人が、素性もよくわからない、獣人の冒険者のところへわざわざ会いにくるなんて、常識で考えてありえない」


「私は誠意を尽くしたつもりだったのだがね」


「百歩譲ってそうだったとして、それでも、お付きの部下くらいはつれていてもいいはずだ。それもいないところを見ると、さっき、あんたが言った依頼は、俺たちふたりっきりの、秘密の話。つまり、吸血鬼の組織の総意ではないということになる」


 俺はヴィンセントを見つめた。ヴィンセントは悔しそうな顔で俺をにらみつけている。


「ヴィンセント、あんたが誇り高い奴だってのはよくわかった。ドラゴニュートのシャイアンを傷つけなかったし、エルザを起こさないという約束もちゃんと守っている。ただ、それが悪い方向に作用しちまってるんだろうな。言動のあちこちから、自分は嘘を吐いてますって気配がプンプン漂ってきてるぜ。あんたの本当の目的はなんだ? いつまでたっても父親が死なないから、エルフのメアリーと手を組んで、それで殺して、自分が跡継ぎに――いや、さすがにそれはないか。いま、対立してピリピリしている最中だからな」


「私は依頼する相手を見誤ったようだ」


 適当な推理を言ったら、ヴィンセントが不愉快そうに立ちあがった。


「すまなかったな。夜中に失礼をした。この依頼はなかったことにしていただきたい」


「わかったよ」


「それから、この件は、くれぐれも他言無用に願う」


「それも承った」


「快い返事だが、君が約束を守るという保証はあるのかね?」


「言ったはずだぞ。冒険者は信用が第一だ。そうでなければ、次の依頼はこなくなる。それに、しゃべったら、今度はあんたが俺を狙うだろう」


「ふむ」


 部屋の戸口まで歩いてから、ヴィンセントがこっちをチラっと見た。


「今回は信用しよう」


「そりゃどうも」


「いい夜を」


 ヴィンセントがでていった。歩く音と気配を探ろうとして、そもそも、吸血鬼に気配などないことを思いだした俺はドアをしめ、あらためて床に寝転がった。

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