第一章・その5
「依頼ってのを聞かせてもらおうか」
「その前に、君が、この街のことをどれくらい知っているのか、確認したいんだが」
「エルフ連中が組織を組んで、それとはべつに、あんたたち吸血鬼が組織を組んで、この街で、結構派手にやらかしてるそうだな。俺が知ってるのはそれだけだ」
「ふむ」
ヴィンセントが少し考えた。
「すると、私のことは知らないわけだ」
「自己紹介なら聞いたぞ、ヴィンセント」
「もっと詳しく説明させてもらおう。この街の吸血鬼のボスはランベルトという」
「ふうん」
「そして私の父だ」
「そうか。――はあ?」
さすがに驚いた。ヴィンセントは、俺を見ながら平然とした顔をしている。
「するとあんた、吸血鬼の王子様か」
「そんな大それたものではない。まあ、後継ぎではあるがね。で、それとはべつに、エルフの組織なんだが、そこのボスはアンソニーという」
「ふうん」
やっぱり、なんとなく、エルフは上品な名前だな、と俺は思った。まあ、エルザを誘拐するような連中のボスなんだから、性格は推して知れるが。
「そして、そのエルフのボスには娘がいる。名前はメアリーだ」
「へえ」
ずいぶんゾロゾロと名前がでてきたな。吸血鬼のボスがランベルトで、その息子が目の前にいるヴィンセント。エルフのボスはアンソニーで、その娘がメアリーか。頭のなかで反芻している俺の前で、ヴィンセントが話をつづけた。
「そして、君はエルフたちと問題を起こした」
「あれは正当防衛だった。いきなり殴りかかってきたのはむこうだからな。それに、俺は誘拐された娘を助けようとしただけで」
「エルフたちはそう思わんだろう」
俺の言葉をさえぎり、ヴィンセントが、ひどく冷徹な笑みを浮かべた。
「彼らは気位が高いからな。一度、侮辱を受けたと判断したら、相応の報復をするまで、君をつけ狙うはずだ」
「どこの世界でも、舐められたら終わりってことか」
「エルフの真実を知って失望したかね?」
「べつに。少しは驚いたがな」
教科書に載っている歴史は事実そのものじゃない。戦争に勝った側がつくったねつ造品だ。自分たちに都合の悪いことは隠蔽し、負けた側の悪事は必要以上に誇張して、後世に伝えていく。正義が勝つのではない。勝った側が正義を名乗るだけなのだ。こんなこと、冒険者や傭兵をやればすぐにわかる話である。
エルフ連中までそうだったとは、さすがに意外だったが。
「まあ、人間に比べて、エルフは異常なほど長生きするからな。自分たちを神聖な存在だと言い続けていれば、事実を知っている人間が先に死んで、ねつ造が真理にすり替わっても不思議はないだろう」
「だが、我々は彼らよりも長生きだ」
冷徹な笑みのまま、ヴィンセントが返事をした。
「エルフたちが何を言おうと、我々は永遠に事実を伝えていける」
「なるほど。そりゃ、仲が悪くなるわけだ」
エルフが高貴な存在であり続けるには、まずは吸血鬼を滅ぼさなければならない、か。この街で、エルフと吸血鬼がどうしていがみ合ってるのか、俺にもわかってきた。
「そして、そこに、君が現れたわけだ」
考える俺の前で、ヴィンセントが話をつづけた。
「話を聞いただけだったが、爽快だったな。あのエルフたちが尻尾を巻いて逃げだしたそうじゃないか。しかし、それで話はすまないぞ。君はエルフたちに狙われる」
「だろうな」
「そこでだ。ここで話があるのだが、私のもとにくる気はないかね?」
ヴィンセントの提案は、予想外のものだった。
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