第一章・その3
2
「この部屋にどうぞ」
食事を終え、二階にあがった俺とエルザは、ドラゴニュートの少女に案内されて、奥の部屋へ行った。
「なるほど、悪くないな」
俺は部屋のなかを見まわした。ベッドはひとつか。
「エルザ、君はベッドで寝な。俺は床で寝る。同じ部屋だけど、それは我慢してくれ」
エルザがうなずいた。普通なら、レディは部屋のなか、男は外で寝るものだが、エルザは保護対象だ。目を離すわけにはいかない。
「ゲイン」
そのまま床で寝ようとしたら、エルザが声をかけてきた。まだ眠るには早かったらしい。
「なんだ?」
「お父さんとお母さんは、なんて言ってた?」
「あ、その話か。もちろん心配してたぞ。どうか、娘を無事につれ帰してほしいって何度も言ってた」
俺が言ったら、エルザは嬉しそうにした。
「お父さんとお母さん、心配してくれてたんだ」
「そりゃそうだろう。かわいい娘がいなくなって、何も心配しない親なんて、いるわけがない。明日、この宿をでたら、まっすぐ都まで行くからな」
「うん」
あらためてうなずいてから、エルザが、俺の顔から腰元へ、ちょっと視線を変えた。
「あのね、その腕輪なんだけど」
「うん? これがどうかしたか?」
腰元じゃなくて、俺の左腕を見ていたらしい。俺は左腕をエルザの前にだしてみせた。
「興味あるか? 触ってみてもいいぞ」
「あ、それは、興味あるけど、その前に聞きたいことがあって。この腕輪のなかに、私の髪の毛が入ってるって」
「ああ、入ってるぞ?」
俺は腕輪の小蓋をあけた。なかに、丸めた銀髪が入っている。
「ほら、これだ」
「ふうん」
エルザが近づいて、目を凝らした。
「確かに、私の髪の毛と同じ色だわ。どこで、その髪の毛を見つけたの?」
「これは、エルザのお父さんお母さんに話をして、エルザの寝室を見せてもらったんだよ。で、ベッドに抜け毛があったから、それをもらってきた。着ている服の切れっぱしでもよかったんだけど、こっちのほうが確実なんでな」
「あ、そうなんだ」
エルザが、ちょっと安心したような顔をした。俺がヤバい手口で髪の毛をどこかから入手したと思っていたらしい。
「俺みたいな獣人の冒険者が髪の毛を持ってるなんて、気味が悪いか? 仕事が終わったら火に入れて焼くから安心してくれ」
「あ、ううん、気味が悪いなんて思ってないから。じゃ、あと、その腕輪そのものなんだけど」
「これが?」
「私も、はじめて見るわ。お母さんたちから聞いたこともないし」
ちょっと専門的な顔をして言ってきた。さすがは大魔導師アーバンの孫娘だな。魔法や魔道具には興味があるか。
「それ、どこで売っていた魔道具なの?」
「これは、どこにも売ってない。特別につくってもらったんだ」
「ふうん、誰に?」
「大魔導師アーバン。君のお婆ちゃんにだよ」
「え」
エルザが驚いた顔をした。
「何を言ってるの。そんなはずないわ。だって、私のお婆ちゃんは、何年も前に」
「だから、そのお婆ちゃんが生きていたころにつくったものなんだよ」
「あ、そうなんだ」
俺の説明に、ちょっと納得したような顔をしてから、あらためて、エルザが俺を見た。
「どうして、それをゲインが持ってるの?」
「俺は冒険者だぞ。生きていればいろいろある」
「あ、そうか」
言葉を濁した俺に、エルザがうなずいた。聞いたらまずいことだと悟ったんだろう。――だが、それでも、またエルザが顔をあげた。
「ゲインって、魔王を倒した六英雄の、獣王の名前だったよね? ひょっとしてゲインも、獣王ゲインの孫なの?」
「それは違うな」
笑って俺は手を左右に振った。
「獣王ゲインってのは、とっても大きかったんだぞ。その孫が、こんな、普通の人間サイズのはずがないだろう」
「なんだ」
「ゲインなんて、それほど珍しい名前でもないぞ。いちいちそんなことを考えてたら切りがなくなるぜ」
「うん、そうだけど」
エルザがおとなしくなった。少し待ったが、それ以上、特に話をする気配はない。
「じゃ、お休み」
俺はエルザに言い、背をむけて床に寝転がった。
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