第一章・その2

「どうする? 無意味な暴力は俺も好きじゃない。金にもならないしな。黙って帰ってくれるなら、俺も、これ以上のことはしない。断っておくが、俺は獣人だ。本気になったら、この程度じゃすまないぜ」


 言って、俺はちょっと牙を剥いた。グルルル、と軽く唸ってみせる。


「わかった。ひく」


 残ったエルフが、少しして返事をした。顔色が悪い。喧嘩をしても得にはならないと気づいたんだろう。


「とりあえず、今日のところは、な。だが、これで終わりではないからな」


「覚えてろってことか。わかったよ」


 俺はエルザの手をひいて、元のテーブルに戻った。ふと気がつくと、食堂にいる連中全員が俺を凝視している。目立つつもりはなかったんだが。


「あ、さっき言ってた、ベーコンエッグとパンとミルクをこの娘に頼む」


 カウンターに声をかけて、俺はエルザを隣の椅子に座らせた。


「安心しろ、俺は君のお父さんのセイジュと、お母さんのミーザから依頼を受けて迎えにきたんだ。都へ帰れるぞ」


 両親の名前を言ってやったら、エルザの表情が変わった。俺が本当の味方だとわかってくれたらしい。


「本当に帰れるの?」


「今日は宿に泊まって、帰るのは明日になるけどな」


 ちょっと笑いかけて言ってから、俺も食べかけだった料理に手をつけた。背後で、なんだかバタバタと音がする。ちらっと見たら、悶絶したエルフを、残りのふたりが背負いあげて、戸口からでていくところだった。これで一件落着だな。


「ちょっとちょっと、お兄さん、あなた、何をしたのかわかってるの?」


 パンにバターを塗っていたら、さっきのドラゴニュートの少女が青い顔で話しかけてきた。


「俺は依頼された仕事をこなしただけだ」


「そうじゃなくて。あの人たちが――人じゃないんだけど、この街でどんな立場だと思ってるの?」


「俺が知るわけないだろう。森から遊びにきたエルフじゃないのか?」


「そうじゃないのよ、あのエルフたちは」


「この街の顔なんだよ」


 べつの奴が小声で言ってきた。


「自分たちは妖精の貴族だと言って、この街で好き放題やってるんだ。魔法も使えるし、俺たちの何倍も長生きする。そういう連中が徒党を組んだところを想像してみな。俺たちに何ができる?」


「――あー、そういうことか」


 エルフと言ったらお上品なイメージだったんだが。勘違いして馬鹿な行動をとる連中は、どこの種族にもいるってことらしい。


「まあ、なるべく早くでていかせてもらうよ」


 俺はもう依頼をこなした。今日は泊まるが、明日、都へ行けばいい。エルフが何を考えてエルザを誘拐したのか、理由は不明だったが、これは調べるように言われてないし、俺も特に興味はなかった。


「はい、ベーコンエッグとパンとミルク」


 そのまま飯を食べていたら、さっきのドラゴニュートの少女が声をかけてきた。見ると、言葉通り、ベーコンエッグとパンの皿を持っている。この食堂のウェイトレスだったらしい。


「それで、あなたがでていったあと、私たちはどうすればいいの? あのエルフたちを怒らせたのよ」


「怒らせたのは俺だ。君たちは無関係だろう。あとで何を言われても、名前も知らない冒険者が勝手に喧嘩をしただけだ。しかも、もう都へ行ってしまった、で通せばいい」


「名前は?」


 ここで、いままでと違う声がした。声のした方向をむくと、俺の隣に座っている、エルザが俺を見あげていた。


「あなたは私の名前を知っている。私は、あなたの名前を知らないわ」


「あ、まあ、それはそうだな」


 俺は少し考えた。ここは信頼関係を築いておくことが大事だな。


「俺の名前はゲインだ」


 正直に言ったら、エルザが驚いた顔をした。


「それ、本当の名前なの?」


「おう」


 魔王を倒した六英雄のひとり、獣王と同じ名前だ。――俺が名乗ると、大体の相手はこういう反応をする。俺の隣にいた、ドラゴニュートの少女もあきれたような顔をした。


「あなたが六英雄の、獣王ゲインと同じ名前で、こっちの女の子が、大魔導師アーバンの孫娘だっていうの? よくできた冗談ね」


「俺は本気で言ってるんだ」


「だったら、せいぜい名前負けしないようにがんばってね」


 言ってから、ドラゴニュートの少女がエルザのほうをむいた。


「あなた、大魔導師アーバンの孫娘だって、本当? だったら、私たちを元に戻す解呪の詠唱も知ってる?」


 ドラゴニュートの少女は何気なく訊いたんだろうが、これでエルザが、ビクッとした。表情が暗くなる。


「知ってるとも知らないとも、何も言うなよ」


 俺はエルザに耳打ちした。エルザが無言でうなずく。俺はドラゴニュートの少女に目をむけた。


「解呪の詠唱を聞いてどうする? 本来のドラゴンの姿に戻って、また世界を炎で焼き尽くす気か?」


「そんなんじゃないわよ」


 ドラゴニュートの少女が、やれやれみたいなポーズをとった。


「ただ、私がドラゴンに戻れたら、あのエルフの一族も、吸血鬼の一族も、みんな脅しつけて、この街を平和にできるのにって思っただけ」


「ふうん」


 と言ってから、俺は疑問に思った。


「いま、吸血鬼って言ったよな? さっきも言ってた。どういうことだ?」


「この街の、もうひとつの顔なんだよ」


 さっきも声をかけてきた、べつの奴が言ってきた。


「あのエルフたちみたいな連中は、どこの街にもいる。そのこと自体は悪いことじゃない。あきらめればいいだけだ。ただ、そういう連中が、ひとつの街にふたついるとなると話は変わってくる」


「そうね」


 ドラゴニュートの少女もうなずいた。


「だから最初に言ったのよ。ここで仕事をするのはやめとくべきだって。でも、ゲイン? あなたはエルフの一族に喧嘩を売ったわ。このあと、かなり面倒なことになるでしょうね」


「そりゃ、まずったかな。まあいいさ。いろいろありがとうな」


 俺は銀貨をだしてテーブルに置いた。ドラゴニュートの少女が目を見開く。


「こんなにもらっちゃっていいの!?」


「情報代もこみのチップだ。それから、夜の宿は、いい部屋を頼む」

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