ゲイン

渡邊裕多郎

第一章・その1

       1




「ねえ、お兄さん、エルフ? 吸血鬼?」


 俺が食堂で飯を食ってたら、背後から声をかけられた。口のなかのパンを飲みこみながら振りむくと、頭に角の生えた、十代後半くらいの赤毛の少女がこっちを見ている。頬には魔道の紋様。肩から背中にかけて、こぶのようなものがあるが、あれは丸めた翼だろう。


 ドラゴニュートか。珍しいな。このへんにもいるのか。それはいいが、少女の表情は不安そうだった。俺が悪党にでも見えたらしい。


「はじめまして。俺は獣人だ。まだ変身してないけどな。エルフでも吸血鬼でもないぞ」


 俺が怖いなら話しかけてこなければいいのに。妙に思いながら返事をしたら、その少女の不安そうな顔が倍増しになった。


「やっぱり知らないんだ。見ない顔だと思ったら」


「俺は今日、この街にきたばかりでな」


「あのね、余計なことかもしれないけど、用がないんだったら、早くこの街からでていったほうがいいよ」


 その少女が、声を潜めて言ってきた。またずいぶんと失礼な言い草だな。


「ここじゃ、獣人は差別されるのか?」


「あ、そういうことじゃなくて」


 ドラゴニュートの少女が慌てたように手を左右に振った。あらためて、押し殺したみたいな感じで話しかけてくる。


「お兄さん、冒険者なんでしょ? 仕事が欲しいなら、べつの街にしたほうがいいって言ってるの。ここで仕事すると、死んじゃうかもしれないよ?」


「冒険者なんてのはそんなもんだろう」


「そりゃ、そうかもしれないけど。でも、ここは違うのよ。ほら、さっきも言ったでしょ? エルフか吸血鬼かって。あれ、そのままの意味じゃなくて、エルフの側か、吸血鬼の側かって訊いたのよ」


 なんだか、よくわからないことを言ってきた。


「どういうことなんだ?」


「だから、どっちの側に雇われたのかって意味よ」


「言っただろう。俺は今日、この街にきたばかりなんだ。仕事の依頼なんて、まだ何も受けてない」


「そりゃよかった。じゃあ、そのまま、何も依頼を受けないで、この街をでていくべきね」


「それは無理だな」


 正直に言ったら。ドラゴニュートの少女が柳眉をひそめた。


「私は親切で言ってるのよ」


「ありがたい話だけどな。確かに俺は、この街じゃ、何も依頼を受けてない。ただ、べつのところで依頼を受けた。それで、この街にきたんだ」


 これくらいは話してもいいだろう。口外無用とは言われていない。俺の説明に、ドラゴニュートの少女が小首をかしげた。


「その依頼って? エルフと吸血鬼の組織をぶっ潰せとか、まさかそんな話?」


「そんなことは聞いてない。俺が受けた依頼は――?」


 ここで、俺の話を聞いていたドラゴニュートの少女が、急に視線を変えた。さっきまでの不安そうな表情とは違う顔をしている。


「どうした?」


 俺もつられて、ドラゴニュートの少女と同じ方向に目をむけた。同時に、左の手首にチクッと刺激が走る。はめている腕輪からだった。きたな。直後、食堂で飯を食っていたほかの連中がおとなしくなる。


 食堂の入口には、金色の髪をした、肌の白い男たちが三人立っていた。


「あー、すまないな」


 その男たちがカウンターのほうへ歩いて行った。よく見ると、三人組のひとりが十歳くらいの子供の手をひいている。


「あの、いらっしゃいませ。なんでしょうか?」


「この子供でも食べられる料理を頼む」


「は、はい。わかりました。では、ベーコンエッグとパンを用意しますので。それからミルクも」


「それでいい。あと、俺たちには酒だ。ワインがいい」


 言って、男たちがカウンターに寄りかかった。特に何を話すでもない。そして、そのうちのひとりは、相変わらず、子供の手をひいていた。


「ちょっといいか」


 食事の途中だったんだが、俺は席を立った。視界の隅で、ドラゴニュートの少女が青い顔をする。


「ちょっと、お兄さん、その人たちは」


 俺はドラゴニュートの少女に返事をせず、金髪の男たちの前まで近づいた。金髪の連中が、なんだ? という顔をする。男たちは全員美形だった。目は緑で、耳がとがっている。


 案の定、エルフだった。


「知らない顔だな」


「俺はこの街にきたばかりなんだ」


「なるほどな」


 エルフたちが笑いながら顔を見合わせた。


「それで俺たちのことを知らないわけだ」


「黙って飯を食っていろ。今日の無礼は赦してやる」


「俺は用があるから話しかけてるんだがな」


 言い、俺はエルフのひとりが手をひいている子供に眼をむけた。相変わらず、左の手首からはチクチクと信号がきている。


「この子、おまえたちの仲間じゃないだろう」


 俺が言ったら、エルフたちが表情を変えた。


「貴様、何を言っている?」


「よく見てみろ。この子は、俺たちと同じ、金色の髪だ。目は緑だし、耳もとがっている。俺たちの仲間じゃなかったらなんだと言うんだ」


「それは、たぶん幻覚魔法で外見を変えているんだな」


 俺の言葉に、見る見るエルフたちが殺気立った顔つきになった。


「ふざけてるのか貴様?」


「俺は真面目に言ってるんだ」


「痛い目に遭いたくなかったら口を塞いで、とっととこの店からでていけ」


「俺は痛い目に遭う覚悟でものを言ってるんだ。というか、もっと言ってやろうか? この子供は、かつて魔王を倒した六英雄のひとり、大魔導師アーバンの孫娘で、名前はエルザ。髪は銀色、肌は白、目は青のはずだ」


 俺の言葉に、エルフたちがギョッという顔をした。


「貴様、何を根拠に、そんなことを」


「俺の手にはめている、この腕輪がな」


 ちょっと笑って、俺は左手をあげた。右手で腕輪を指さす。


「これは魔道具の一種で、この小さな箱の部分に、エルザの髪の毛が入っている。それが媒体になって、エルザ本人に近づくと、軽い刺激が走るようになってるんだ。あんたたちがきてから、ずっとチクチク言ってるぜ?」


 俺の説明で、エルフ連中の目つきが完全に変わった。こりゃ、やる気だな。


「貴様、何者だ?」


「獣人の冒険者だ。都で依頼を受けて、エルザを助けにきたんだよ。いいか、おとなしくエルザを――」


 俺が言い終わるより早く、左側にいたエルフが無言で殴りかかってきた。乱暴な奴だな。というか、俺の言っていることが事実だって認めたか。俺はひょいと顔を突きだした。殴りかかったエルフの拳と俺の額が激突する。


「痛う!!」


 エルフが拳を抑えてうずくまった。鍛えてない拳で殴りかかったら、普通はそうなる。冒険者相手に殴り合いの喧嘩を売るとはな。残りふたりのうち、もうひとりがつかみかかってくる。俺は右拳をそいつの腹に突っこんだ。今度は痛みの声も上げずにエルフが床へ転がる。


「さてと」


 俺は残るひとりに目をむけた。相変わらず、そいつは子供の手をひいている。


「その手を離しな」


 言い、俺はエルフの手と子供の手をつかんで、左右にひいた。そのまま子供の手をひいて距離をとる。


 見る見るうちに、その子供の外見が変わっていった。肌の色はそのままだったが、髪の色は金から銀へ。瞳の色は緑から青へ。耳は丸くなり、人間の姿をとりはじめる。


「やっぱりな。それほど強い幻覚魔法じゃなかったか」


 あらためて、俺はその少女――エルザを見た。青い顔で黙りこくっている。かわいそうに、脅されて、声もでなかったのか。

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