第五章・その3

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「さて、話を聞かせてもらおうか」


 ボコボコにされて黒焦げにされて、ボロボロにした精一郎に俺は訊いた。手下の吸血鬼どもは桜塚家の吸血鬼に押さえつけられ、身動きとれない。まあ、身動きしたら俺が精一郎を全殺しにするから動くに動けないのもあるんだろうが。


「何を聞きたいんだ?」


 精一郎が座りこんだまま、俺を見あげた。黒こげの顔が徐々に再生されていく。もっとも、眼球突きのダメージは、まだ抜けていないようである。これは安心して尋問にとりかかれそうだ。


「何故、俺の記憶を奪った?」


「――それはだな。貴様と桜塚家の姫が結ばれれば、六大鬼族のふたつが融合することになる。我々としては、すこぶる具合が悪くなるのでな」


「わかった。それはもういい」


 やはりな。予想通りの答えだった。人間も吸血鬼も、権力の座を手に入れたら、それにすがりつくものである。


「まあ、俗な考えだけど、気持ちはわからんでもない。俺もヤバくなったらそういう行動をとるかもしれないしな。じゃ、次の質問だ。なんで俺を殺さなかった? やっちまうのが一番確実だったろうに」


「ふん」


 俺の質問に、精一郎が馬鹿にしたような声をあげた。


「逆に訊くが、貴様は俺を殺せるのか?」


「は?」


「喉をえぐられ目をつぶされ、そっちの女のエレメンタルで丸焼きにされ、それでも俺は生きている。俺たちは、人間あがりとは生命力が根本的に違うんだ。しかも、貴様は俺以上だったぞ。俺は貴様の顔を見たいとも思わなかったから部下に殺せと命じたんだが、どうしても殺せないと困り果てた顔で報告してきた。白木の杭を胸に打ち込もうとしたのに、全身の筋肉を硬直させて抵抗するから杭が通らない、首を切り落とそうとしたらチェーンソーの刃が欠けたとまで言っていたからな。仕方がないから核シェルターに放りこんだりもしたんだ。そのまま一〇〇年も幽閉しておけば、さすがに血液不足で絶命するだろうと思っていたんだが、核シェルターに閉じ込めて五分もしないうちに、シェルターの外壁がひび割れはじめたと部下が怯えた顔で報告してきてな」


 そんなことがあったのか。覚えてないから驚いて聞く俺に、誠一郎が潰れた目をむけた。


「不死の血族に席を置くものが恐怖に顔をゆがめるのを、俺ははじめて見たぞ。はっきり言うが、貴様は吸血鬼の、俺たち六大鬼族のレベルをも超えている。あのときは、もうどうしようもなかったんだ」


「へえ」


 我ながら大した生命力である。感心する俺の前で、精一郎が悔しそうに眉をひそめた。ボロボロと焦げた皮膚が剥がれ落ちて、新しい皮膚が下から再生しはじめる。


「だから記憶を奪ったんだ。それも二度もやった」


「は? なんで二度もやったんだ?」


「一度目は、記憶を奪った貴様を片付けるように命令したんだ。呆然自失の状態のところを後ろから斬りかかれば、いくらなんでも行けるだろうと思ってな。そうしたら、野生の勘でも働いたのか、思いだしたぞ! などと叫んで、すさまじい形相で振りむいて、日本刀をかまえていた俺の部下を一瞬で八つ裂きにしたそうだ」


「あ、それは、その部下には悪いことをしたな」


 そういえば、沙織と出会って生命の危機を感じたとき、俺は自分が吸血鬼だと思いだしたんだ。ヤバいと火事場の馬鹿力が働くのは人間も吸血鬼も変わらないらしい。考える俺の前で精一郎が悔しそうな顔をする。


「正直に言うが、これはもう、俺の手には負えないと思ったよ。記憶を消して放りだす以外に、どうしたらいいのかわからなかった」


「なるほどな」


「ただ、こんなことになるとは俺も思っていなかった。まさか貴様が関東に住んでいたとは。北海道のはずだったのに」


 うなずく俺を見ながら、精一郎が意味不明のことをつぶやいた。


「なんだその話は?」


「俺は貴様を北海道に放りだせと命じたんだ。こんな近場に投げ捨てるわけがないだろう。いつ記憶が戻って報復にくるのかわかったものじゃない。だから、報告役の人間も確保して、常に監視させておいたんだ」


「それも知ってる。それが北海道じゃなくて関東ってのはどういうことだ?」


「知るもんか」


「いい返事だな」


 俺は精一郎に手を伸ばした。火傷の再生は額の皮膚だけじゃなくて髪の毛にも及んでいる。その髪の毛をつかんで俺は無理矢理に精一郎の顔をあげさせた。眼球も、少しづつだが再生ははじまっている。


「もういっぺん苦しんでもらおうか」


「ままま待ってくれ! 本当に知らないんだ!」


 眼球突きの痛みを思いだしたのか、あわてて精一郎が弁明した。


「俺は、北海道に放りだせと確かに命令した。だから北海道にいるものだと、さっきまで思っていたんだよ。催眠術であやつった人間の報告も、北海道の地名を言っていたし」


「へえ」


 俺は精一郎から手を離した。ちらっと横を見ると、隣に立っていた沙織も不思議そうにしている。確かに妙な話だ。六大鬼族の本家の跡継ぎの命令だぞ? 下のものなら無条件に従うはずだ。それが、北海道と偽って関東に俺を住まわせるなど。


「ごくまれに、血を吸われた人間あがりなのに、血の親の命令に抵抗できる突然変異的な人間も生まれるとは聞いていたけど、そういう奴だったのか?」


「――いや、あいつは俺の部下ではなかった」


 俺の独り言に精一郎が返事をした。


「ほかの家からやってきた奴か?」


 リリスみたいなパターンだったのかな、と思って俺は訊いてみたが、精一郎の返事は違うものだった。

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