第五章・その2

 その日の深夜。俺は、沙織たちや人間あがりの護衛達と一緒に、町はずれの河原に集まっていた。スマホで時刻を確認する。


「そろそろ十二時を越えます」


 リリスがつぶやいた。同時に天空から白い霧が降りてくる。以前、沙織が下位魔族と殺し合いをやっていたときと同じものだ。もっとも、何か、少しだけ種類が違う。家が違うから、やり方にも多少の差があるんだろう。


 これが海石榴家の、忘却の時刻か。


「お久しぶりです、沙織姫」


 ずいぶんと渋めの、バリトンの声がした。白い霧をかき分け、はじめて見る顔の男が現れる。なかなかの面構えだ。事情を知らない女子高生が見かけたら自分から声をかけるだろう。もっとも、俺の隣に立つ沙織は怒りを押し殺してギラギラしていたが。


「まだ抑えておけ」


 小声で沙織に言ったが、海石榴家の男にも聞こえていたらしい。少し怪訝な顔をして俺たちの前まで近づいてくる。その後ろを、えらく屈強な感じの男たちがついてきた。


 こいつらが、海石榴家に仕える護衛たちか。


「そっちの男は、知らない顔だな」


 この野郎、俺の顔も知らないで、手下に命じて記憶を奪ったのか。さすがにカチンときたが、とりあえず黙って海石榴家の男を見つめる。海石榴家の男が沙織の前で立ち止まり、うやうやしく会釈した。つづいて俺に目をむける。少し首をかしげた。


「ふむ、人間か? 沙織姫に声をかけられたエレメンタル使いか」


「違うよ」


 俺は短く言った。眼圧に力をこめる。紅蓮に輝きだした俺の双眸を目にし、海石榴家の男が驚いた顔をした。


「なんだ? 俺たちと同じ――いや、違うな。牙もないし、血色もよすぎる。俺たちと人間の混血か?」


「それも違う」


 俺は沙織に目をむけた。


「言っていいぞ」


「わかりました。では聞いていただきます、海石榴精一郎」


 へえ、そういう名前だったのか。黙って聞く俺の横で、沙織が精一郎に説明をした。


「この方は、いまは光沢鉄郎と名乗り、人間として生活していますが、それは仮の姿です」


「ほう」


「このお方こそは、わたくしの婚約者である、風間家の跡取りなのです!」


 精一郎がギョッという顔をした。


「まさか、そんな」


「皆の者! やってしまいなさい!」


 沙織の言葉と同時に、俺たちの背後に立っていた桜塚家の護衛たちの殺気がどっと圧をあげた。


「「「「「「「「「「うおおおおおおお!!」」」」」」」」」」


 吸血鬼と言うよりゾンビ的な雄たけびをあげた護衛たちが俺と沙織の脇をすり抜け、海石榴家に仕える人間あがりに襲いかかる。完全に油断していた海石榴家の人間あがりは出遅れた。喧嘩ってのは先手必勝である。これは結果を見るまでもないだろう。


 精一郎は呆然と俺を見つめていた。


「なぜだ。貴様が、ここにいるはずは」


「何を寝ぼけてる? とりあえず話は聞かせてもらうからな」


 俺の言葉に返事をせず、精一郎が左右を見まわした。人間あがりの護衛たちは血みどろの取っ組み合いや噛みつきで殺し合いを演じている。精一郎のそばに立つ余裕はない。


「自分の力だけでなんとかしな」


 俺は精一郎に近づいた。ビビった顔をしていた精一郎だったが、すぐに目つきを変える。こいつだって六大鬼族の一族だ。戦う能力はありあまっているはずである。


「牙も失った奴が、何を偉そうにグボォ!?」


 言いかけた精一郎が鮮血をぶちまけてのけぞった。俺の貫き手が精一郎の喉をえぐったからだ。何をダラダラしゃべってやがる? もうはじまってんだぞ。


「ほら、起きろ」


 俺は精一郎の喉から手を引き抜いた。血塊を吐きだし、さらに咳きこみながら精一郎が俺に目をむける。血の色に輝く双眸には催眠術系の魔力が込められていた。ひょいと近づき、チョキの手にした指先を精一郎の目玉に突き入れてやる。


 鮮血の次は悲鳴をぶちまけて精一郎がのたうちまわった。人間の生みだした格闘技の原点であり、禁じ手ともされる技。それが喉への貫き手であり、眼球突きだった。


「人間の殺傷技術は効くだろう?」


 精一郎はのたうちまわるままだった。よっぽど効いたらしい。ま、気持ちはわかる。こいつ、吸血鬼同士の殺し合いは経験がなかったんだな。同族の攻撃は、ダメージの回復に時間がかかる。人間の攻撃を受け、瞬間に再生するのとはわけが違うのだ。


「ううう」


 それでも精一郎は立ち上がった。大した根性だな。さすがは六大鬼族。その一点は認めてやろうじゃないか。


「つづけるか」


 俺が言うと同時に精一郎が顔をむけた。とは言うものの、まだ眼球のダメージは回復しきってない。見えてないまま、それでも精一郎が牙を剥いて俺を威嚇する。あれはへし折っておいたほうがよさそうだな。


 俺が胸元から特殊警棒を抜こうとした瞬間だった。


「覚えてろ!!」


 三流の悪役みたいなセリフを吐き捨て、精一郎が俺に背をむけた。うわ、本当に三流のやることだ。逃げるのかこの野郎。あわてた俺が駆け寄るより早く、精一郎が膝を曲げた。そのまま空高く跳躍する。宙に浮いたまま、見事なメタモルフォーゼを遂げた精一郎が、巨大な蝙蝠の姿で夜空を舞った。


 その直後だった。


「ぎゃ――――――――――――――――――――――――――――――――!!」


 いきなり蝙蝠精一郎が紅蓮の炎に包まれ、バタバタもだえながら落下した。黒焦げになりながら地面でのたうつ。何が起こったのか、俺にもわからない。不思議に思いながら見る俺の前で、精一郎の身体に炎が灯った。絶叫をあげ、精一郎だった蝙蝠が動かなくなる。さすがに気絶したらしい。灰になってないから滅びてはいないと思うが。


「いまのはなんだったんだ?」


 俺は周囲を見まわし、すぐに気づいた。親指を立てる。


「グッジョブだ」


 俺の背後で精一郎に手をむけていたのは、ファイアーライフルをぶっ放したダイアナだった。

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