第五章・その1
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「――なんだと?」
聞き返してから、俺は過去を思いだしてみた。確かに冴子は普段から俺の行動を監視していた。俺が吸血鬼と人間の混血だと――これは正確には違うんだが――聞いたときは、普段以上に興味を持って付きまとったりもした。あれは冴子の本来の意思ではなく、何者かによって深層心理に植えつけられたものだったのか?
「そうか。俺の記憶を書き換えた奴なら、俺がいつ目覚めるか不安で仕方がないはずだ。監視役をつけるのが普通だな」
考えつかなかった。俺は、ずっと冴子に見張られていたのである。しかし、それが魔族ではなく、俺と同じ吸血鬼の、六大鬼族だったとは。
「冴子に催眠術をかけたのが、どの一族かわかるか?」
「少々お待ちを」
あらためて、リリスが冴子に手のひらをむけたまま集中した。
「――わかりました。海石榴家のものです」
「海石榴家ですって!?」
驚きの声をあげたのは沙織だった。海石榴家と言えば、桜塚家と並んで関東を支配している吸血鬼族の名前である。
「何か、前に交流でもあったのか?」
「はい。今夜、わたくしたちが魔族討伐で、ともに組む予定でした」
沙織が説明した。
「ここにいるものだけでは、魔族討伐にでるにも限界があります。そこで、かなり前から、海石榴家のものと結託して、わたくしたちは上位魔族と戦っていたのです」
「なるほどな」
俺はうなずいた。だんだん読めてきたぞ。
「いくつか質問をする。こたえてくれ」
俺の言葉に沙織がうなずいた。
「どんなことでも」
「海石榴家の、本家の血をひく奴と交流を持ったことは?」
「あ、はい。あります」
沙織が即答した。
「海石榴家の、次代の当主候補の男性が、わたくしと同じく、魔族討伐の戦士に加わっております。なかなか紳士的な方で」
「ふむ。それはつまり、おまえに優しいということだな」
「はい」
「おまえに好意を持っている、と感じたことは?」
「は?」
突っこんだ俺の質問に、沙織が面食らったような顔をした。少し考える。
「言われてみれば、そうだったかもしれません。光沢様が姿を消した後、かなり親密に話しかけてきましたので」
沙織が返事をした。
「なるほどな。政略結婚が狙いか」
「――政略結婚?」
眉をひそめて考える俺を見て、沙織が眉をひそめた。
「どういうことでしょうか?」
「六大鬼族の本家筋の子供が結婚すれば、一族ぐるみの付き合いになる。具体的に言えば、桜塚家と、俺の家だ。そうなったら、ほかの一族は不安にもなるだろう」
「――ああ」
横で聞いていたリリスがうなずき、沙織の表情も変わった。
「まさか、それでは」
「憶測だけどな。冴子が海石榴家の催眠術であやつられてる以上、状況証拠として考えていいはずだ。どうして俺を片付けなかったのか、まではわからんが。とりあえず、俺がいなくなれば、俺の家と桜塚家の交流が深まることはなくなる。ついでにうまいことやれば、俺を失って心を痛めている沙織を口説き落せるかもしれない。となると、桜塚家と海石榴家の交流こそが深まる。自分の一族は安泰。――そういうふうに考える奴がいたとしても不思議じゃない」
「――そうだったのですか。言われてみれば」
沙織が見る見る殺気立った形相に変わった。
「海石榴家のものが、わたくしをたばかろうとしていたとは――」
「まあ待て。まだ決まったわけじゃない」
怒りにまかせてこのまま海石榴家に乗りこみそう顔つきの沙織に言い、俺はリリスにむきなおった。
「いま、冴子に催眠術をかけたのが海石榴家のものだと、それはわかった。逆に、いま、俺たちがそのことを知ったということは、海石榴家に悟られたか?」
「あ、いえ、それはありません」
リリスが首を横に振った。
「この娘は、ただの人間です。召し上げられたわけではありませんので、海石榴家のものとのつながりもありません。この場で死んでも海石榴家のものは気づかないはずです」
「わかってると思うけど、殺すなよ」
「もちろんです」
「ということは、冴子は催眠術にあやつられて、無意識にスマホか何かで海石榴家に報告をしていたってことか」
俺は少し考えた。
「よしわかった。このまま冴子は女子寮に帰そう。誰か、女子寮まで送ってやってくれないか?」
「では、私が」
冴子を押さえつけていた人間あがりのひとりが挙手した。
「じゃ、頼む。それから、今夜、海石榴家と会って魔族討伐をするという話は、予定通りに行うぞ。もちろん俺も行く」
「――は?」
俺の宣言に、沙織が不思議そうにした。
「それでよろしいのでしょうか?」
「かまわない。つか、俺も会ってみたいんだよ。その海石榴家の奴とな。聞きたいこともあるし」
なぜ、そいつは俺の記憶を消しただけで始末しなかったのか? これだけは、どうしても訊いてみないとわからないことだった。
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