第四章・その3
2
廃ビルの二階にあがり、俺は記憶を頼りに、沙織のいる居間――だろう――まで行った。背後でダイアナが不思議そうに首をかしげる。
「一階と違って、二階は豪勢であるな。このじゅうたんに、清楚な壁紙。まるで、どこかの王室にお邪魔したかのようだ」
「王室レベルの、大吸血鬼族の別荘みたいなところだからな」
「なんだと?」
何気なく言ったらダイアナが表情を変えた。
「それとは、まさか、六大鬼族の」
「そんなとこだ」
俺は扉をノックした。青い顔でダイアナが俺の肩に手をかける。
「馬鹿、貴さ――おまえ、六大鬼族で相手では、私たちだけでは手も足も」
「どうぞ」
扉の向こうから澄んだ声が響いた。
「失礼するぞ」
俺は扉をあけ――ようとして、結構な力で肩をひかれた。人間の世界ではフルパワーだったのかもしれない。振りむくと、ダイアナが顔面蒼白状態で俺を見つめていた。
「気は確かか? 六大鬼族だなんて、私は聞いていなかった。このままでは、私たちは八つ裂きに」
「安心しろ。誰だって死ぬときは死ぬんだ」
俺は前をむき、扉をあけた。
「馬鹿、おまえ――」
声をかけるダイアナの手をつかみ、俺は部屋のなかへ入った。シャンデリアから降り注ぐ、美しい光。いまの時代とは少し違うが、かなり高価だとわかる服を着た沙織が笑顔で立っていた。その背後にはメイド姿のリリス。
「よう、こんばんは」
「お待ちしておりました」
俺の言葉に沙織が頭をさげた。そのまま入室する俺の手にひきずられてダイアナも入室する。
「ちょっと待て光沢! 私には、まだ六大鬼族と戦える能力は――」
ここまで悲鳴みたいに言いかけ、急にダイアナが言葉をとめた。メイド姿のリリスを見たのである。振りむかなくてもわかるっていうのはいい能力だな。昼間は使えないから不便で仕方がないが。
「リリス?」
茫然とダイアナがつぶやいた。
「リリス! 私よ! ダイアナよ!! 探していたのよ。離せ!!」
最後の言葉は俺にむけられたものだった。同時にダイアナの腕をつかんでいた俺の手をひきはがす。すごい力だな。握りつぶさないように加減していたとはいえ、この俺の手を引き離してのけるとは。いや、そんなことに感心している場合じゃない。
「おまえがリリスをさらったのか!?」
こういうときこそ貴様と言えばいいのに。振りむいたらダイアナが脇差をかまえていた。むけている先は言うまでもあるまい。あいさつのあと、笑顔のまま顔をあげた沙織にである。
「いやちょっと待て――」
俺が言うより早く、沙織の眼圧が変わった。紅蓮の光は催眠術の証。それが飛ぶより早く、ダイアナが脇差で自分の顔をかばった。沙織の瞳から飛んだ催眠光線が音を立てて跳ね返され、天井に衝突して霧散する。なるほど、こういう使い方も考慮して、光り輝く日本刀の形状にしたのか。驚きながら感心する俺の前で、ダイアナが脇差を構えなおした。
「リリスは返してもらう!」
短く宣言し、ダイアナが右手に握った脇差を沙織にむけながら左手で構えた。生まれでたのは巨大な炎の塊である。まるで火炎放射器だ。その火炎が見る見るうちに、細長い槍のような形状に姿を変えていく。
「うあああああ!」
気合い――と言っていいのか、悲鳴と言っていいのか、それは昨夜と同じだった。エレメンタルを放射するときの形相を見る限り、おそらく後者だったのだろう。怖くないんじゃない。怖くて逃げだしたいのを、死にものぐるいで押さえつけて攻撃しているのだ。恐怖を知らずに、犬に噛み付くノミとは違う。恐怖を知った上で、それを克服して戦おうとしている。本物の人間だな。百分の一秒ほど感心してから、俺はダイアナをとめることにした。
「あのな、ちょっと聞け――」
俺が言うときには、もうダイアナの火炎は発射されていた。やばい。少々のんびりしすぎたか!? あわてて顔を下げようとして、またもや俺は思いとどまった。俺が避けたら、ダイアナのエレメンタル――ファイアーライフルだったか――は沙織にむかって飛ぶ。こういうときは、男が盾になるのが人間の務めだ。
「んぐ!」
というわけで、おとなしくダイアナのエレメンタルを喰らったが、痛いのなんの。顔面の右半分の肉が吹っ飛んだ。これは再生するまで結構かかるぞ。いまの俺の顔面はスケルトン状態である。ま、それは我慢するか。
「あおあ」
あのな、と言おうとして、俺は痛いのを我慢しながらダイアナのほうをむいた。ダイアナがぎょっという顔をする。
「あ、あの、すまなかった! まさか、横から顔をだすとは思っていなかったから! ダンピールだから大丈夫だよな!?」
「らいおうぶあおおあらいおうぶら」
大丈夫なことは大丈夫だ。と言いたかったんだが、うまく言えない。ま、それはいいとして、俺はダイアナをとめにかかった。
「あおあ。あおいあ、おあえいえんあをうおうおいえは」
あのな。沙織は、おまえに喧嘩を売ろうと思ってはいないんだ。――と言いたいんだが、言えない。これはまずいぞ。
「私の同胞がこんなことになったのも、すべておまえのせいだ!」
ダイアナが吠えるように言い、俺から目を逸らして沙織をにらみつけた。
「あああえ」
まあ待て、と言おうとした俺の前で、ダイアナが第二陣のエレメンタルを生成しだした。さっきの奴ほどではないが、それでもかなりの炎の槍だ。昨夜の第二弾より強力な気がする。レベルアップか、リリスを目にしてブチ切れてパワーアップしたか。
「おい、ああいをいえ」
おい、話を聞け、と俺が言うより早く、頭に血が上りまくったダイアナがファイアーライフルをぶっ放した。目の前に俺がいるっていうのに。
俺はふっと意識が遠くなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます