第四章・その3

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 廃ビルの二階にあがり、俺は記憶を頼りに、沙織のいる居間――だろう――まで行った。背後でダイアナが不思議そうに首をかしげる。


「一階と違って、二階は豪勢であるな。このじゅうたんに、清楚な壁紙。まるで、どこかの王室にお邪魔したかのようだ」


「王室レベルの、大吸血鬼族の別荘みたいなところだからな」


「なんだと?」


 何気なく言ったらダイアナが表情を変えた。


「それとは、まさか、六大鬼族の」


「そんなとこだ」


 俺は扉をノックした。青い顔でダイアナが俺の肩に手をかける。


「馬鹿、貴さ――おまえ、六大鬼族で相手では、私たちだけでは手も足も」


「どうぞ」


 扉の向こうから澄んだ声が響いた。


「失礼するぞ」


 俺は扉をあけ――ようとして、結構な力で肩をひかれた。人間の世界ではフルパワーだったのかもしれない。振りむくと、ダイアナが顔面蒼白状態で俺を見つめていた。


「気は確かか? 六大鬼族だなんて、私は聞いていなかった。このままでは、私たちは八つ裂きに」


「安心しろ。誰だって死ぬときは死ぬんだ」


 俺は前をむき、扉をあけた。


「馬鹿、おまえ――」


 声をかけるダイアナの手をつかみ、俺は部屋のなかへ入った。シャンデリアから降り注ぐ、美しい光。いまの時代とは少し違うが、かなり高価だとわかる服を着た沙織が笑顔で立っていた。その背後にはメイド姿のリリス。


「よう、こんばんは」


「お待ちしておりました」


 俺の言葉に沙織が頭をさげた。そのまま入室する俺の手にひきずられてダイアナも入室する。


「ちょっと待て光沢! 私には、まだ六大鬼族と戦える能力は――」


 ここまで悲鳴みたいに言いかけ、急にダイアナが言葉をとめた。メイド姿のリリスを見たのである。振りむかなくてもわかるっていうのはいい能力だな。昼間は使えないから不便で仕方がないが。


「リリス?」


 茫然とダイアナがつぶやいた。


「リリス! 私よ! ダイアナよ!! 探していたのよ。離せ!!」


 最後の言葉は俺にむけられたものだった。同時にダイアナの腕をつかんでいた俺の手をひきはがす。すごい力だな。握りつぶさないように加減していたとはいえ、この俺の手を引き離してのけるとは。いや、そんなことに感心している場合じゃない。


「おまえがリリスをさらったのか!?」


 こういうときこそ貴様と言えばいいのに。振りむいたらダイアナが脇差をかまえていた。むけている先は言うまでもあるまい。あいさつのあと、笑顔のまま顔をあげた沙織にである。


「いやちょっと待て――」


 俺が言うより早く、沙織の眼圧が変わった。紅蓮の光は催眠術の証。それが飛ぶより早く、ダイアナが脇差で自分の顔をかばった。沙織の瞳から飛んだ催眠光線が音を立てて跳ね返され、天井に衝突して霧散する。なるほど、こういう使い方も考慮して、光り輝く日本刀の形状にしたのか。驚きながら感心する俺の前で、ダイアナが脇差を構えなおした。


「リリスは返してもらう!」


 短く宣言し、ダイアナが右手に握った脇差を沙織にむけながら左手で構えた。生まれでたのは巨大な炎の塊である。まるで火炎放射器だ。その火炎が見る見るうちに、細長い槍のような形状に姿を変えていく。


「うあああああ!」


 気合い――と言っていいのか、悲鳴と言っていいのか、それは昨夜と同じだった。エレメンタルを放射するときの形相を見る限り、おそらく後者だったのだろう。怖くないんじゃない。怖くて逃げだしたいのを、死にものぐるいで押さえつけて攻撃しているのだ。恐怖を知らずに、犬に噛み付くノミとは違う。恐怖を知った上で、それを克服して戦おうとしている。本物の人間だな。百分の一秒ほど感心してから、俺はダイアナをとめることにした。


「あのな、ちょっと聞け――」


 俺が言うときには、もうダイアナの火炎は発射されていた。やばい。少々のんびりしすぎたか!? あわてて顔を下げようとして、またもや俺は思いとどまった。俺が避けたら、ダイアナのエレメンタル――ファイアーライフルだったか――は沙織にむかって飛ぶ。こういうときは、男が盾になるのが人間の務めだ。


「んぐ!」


 というわけで、おとなしくダイアナのエレメンタルを喰らったが、痛いのなんの。顔面の右半分の肉が吹っ飛んだ。これは再生するまで結構かかるぞ。いまの俺の顔面はスケルトン状態である。ま、それは我慢するか。


「あおあ」


 あのな、と言おうとして、俺は痛いのを我慢しながらダイアナのほうをむいた。ダイアナがぎょっという顔をする。


「あ、あの、すまなかった! まさか、横から顔をだすとは思っていなかったから! ダンピールだから大丈夫だよな!?」


「らいおうぶあおおあらいおうぶら」


 大丈夫なことは大丈夫だ。と言いたかったんだが、うまく言えない。ま、それはいいとして、俺はダイアナをとめにかかった。


「あおあ。あおいあ、おあえいえんあをうおうおいえは」


 あのな。沙織は、おまえに喧嘩を売ろうと思ってはいないんだ。――と言いたいんだが、言えない。これはまずいぞ。


「私の同胞がこんなことになったのも、すべておまえのせいだ!」


 ダイアナが吠えるように言い、俺から目を逸らして沙織をにらみつけた。


「あああえ」


 まあ待て、と言おうとした俺の前で、ダイアナが第二陣のエレメンタルを生成しだした。さっきの奴ほどではないが、それでもかなりの炎の槍だ。昨夜の第二弾より強力な気がする。レベルアップか、リリスを目にしてブチ切れてパワーアップしたか。


「おい、ああいをいえ」


 おい、話を聞け、と俺が言うより早く、頭に血が上りまくったダイアナがファイアーライフルをぶっ放した。目の前に俺がいるっていうのに。


 俺はふっと意識が遠くなっていった。

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