第四章・その4

 気がついて目をあけるとシャンデリアが見えた。ということは、これは天井の光景か。気絶して部分的に記憶が飛んでいたらしい。


「おー痛ててて」


 俺は顔をさすりながら起きあがった。――お、そげた肉が回復されている。ということは、二十分はコンセントを抜かれていたわけか。


「ああ、光沢様、大丈夫でしたか」


 あわてたように沙織が声をかけてきた。俺の顔を見て、ほっとしたように微笑する。


「安心しました。その様子では、もう問題ないようですわね」


「ま、頑丈な血筋だからな」


 俺は立ち上がって、自分の身体を確認した。あーあ、服がボロボロである。これはダイアナに弁償――いや、いいか。この服は古くなって捨てたんだ。そういうことにしておこう。


「鏡はあるか?」


 いま、自分がどれだけボロボロなのか確認したくて訊いたら、沙織がキョトンとした。


「ございません。わたくしたちは写りませんので」


 あ、そうだった。ま、俺は写るかもしれないが。


「わかった。じゃ、ちょっと質問する。俺の顔な? 新しく再生した場所って、前のところと色が変わってて、不自然だったりしてないか?」


「あ、それは問題ありません」


 沙織が牙むきだしの笑顔で返事をした。そのまま、俺の顔に手を伸ばしてくる。


「あのような短時間で、このように、完全に元の姿を復元されるとは。さすがは殿下」


「光沢と呼べ」


 と言ってから、俺はこの部屋に、俺と沙織しかいないことに気づいた。なるほど、だからか。


「ダイアナは?」


 沙織の伸ばした手を、なるべく優しく振り落として俺は質問した。同時に沙織の柳眉がひそめられる。


「隣の部屋で押さえつけております。ご安心ください。まだ、何もしておりません。あくまでも、光沢様の招いた客ということでしたので。前言撤回でしたら、こちらで好きなように片付けます。もしくは、光沢様の、本日のお夕食にされてもかまいませんが」


「夕食なんかにしない。夕食は、済まんけど、例の輸血パックとか、ちょっと頼む。それから、ダイアナには話があるから、いまから会いに行くぞ」


 俺の宣言に、沙織が妙な顔をした。


「あのような、いきなりエレメンタルを放つ野蛮人を相手に、話が通用するのでしょうか?」


「ま、何事もやってみないとな」


 俺が沙織につれられて、隣の部屋に行ったら、なるほど、ダイアナが床にねじ伏せられていた。左右から、一階で見た人間あがりの吸血鬼が無表情に体重をかけている。


「――貴様! 光沢!! 私を騙したのだな!」


 俺の侵入に気づき、ダイアナがものすごい形相で俺をにらみつけた。俺より鬼の顔である。俺は少し感心した。人間、限界を超えるとこうなるのか。いままで、どうして非力な人間が、俺たち吸血鬼と互角に戦えるのか、ずっと不思議に思っていたんだが。


「離してやれ」


 俺はダイアナを押さえつけている人間あがりふたりに命じた。ふたりが無言でうなずき、手を離す。合わせるように飛び起きたダイアナが両手を振りあげる。そこから生まれたのは小さい炎だった。三発目だからな。


「まあ待て」


 俺はひょいと近づいた。ダイアナが両手を振り降ろす前に、俺が軽く右手をあげて、その両手を抑えてやる。そのまま間合いを近づけた。俺とダイアナの鼻が触れる寸前で停止する。


「ひ!」


 俺の内在する魔力を感じとったのか、ダイアナがひきつったような声をあげた。それでもきゃあと言わないだけ、褒めてやるとするべきか。


「き、貴様」


 怯えた顔でダイアナがつぶやいた。


「このまま、私を、餌食にするつもりでは」


「するならとっくにやってる。やらないからここまで連れてきたんだ。とにかく安心しろ」


 言い、俺は軽く上を見あげた。よし、ダイアナのエレメンタル三発目は不発でくすぶっている。俺はダイアナから手を離した。ダイアナが腰を抜かしたようにひざまずく。そのまま俺を見あげた。


「――貴様、本当は何者なのだ?」


「実は俺もよくわかってない。確信しきれてないんだ」


 言いながら、俺は少しだけ後ずさった。ダイアナのエレメンタルは切れている。あの脇差は――少し目をむけて気づいた。さっきまで、ダイアナを押さえつけていた人間あがりが持っている。もうダイアナは何もできない。そう判断し、俺は沙織にむきなおった。


「リリスはどこにいる?」


「呼んでまいります」


 沙織が返事をし、ちらっと視線を変えた。視線の先の人間あがりが一礼し、部屋をでて行く。


 リリスが入室してきたのはすぐだった。


「リリス!」


 嬉しそうにダイアナが叫んだ。そのまま、リリスに駆け寄ろうとし――少し躊躇する。何か迷ったような顔で、俺と沙織を交互に見た。それに合わせて、沙織も俺を見つめる。お任せします、と無言で口を動かした。


「好きにしていいぞ。友達と、久しぶりに会えたんだ」


 とりあえず、ダイアナに言い、つづけてリリスに――と思った時点でダイアナがリリスに駆け寄った。そのまま抱きつく。


「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!」


 俺たちには聞きとれない速度で、何か外国の言葉をしゃべりはじめる。母国語なんだろう。ダイアナもリリスも、もとはむこうの人間だからな。


 一方、リリスは無表情だった。これも仕方のないことである。昼日中に生きる人間の常識を払拭し、闇の世界の深淵に浸り、友情だの親子の愛だのをはるかに超える、血の盟約を受けた人間あがりだ。かつての友達など、思い出の片隅にも残っていないはずである。


「○○○○○○○○○○○○○○○○○○! ○○○○○○○○○○○○○○!!」


「あの」


 五分くらいダイアナの言葉を聞いていたリリスが、さすがに困った顔で沙織のほうをむいた。


「片付けてよろしいでしょうか?」


「光沢様?」


 今度は沙織が俺のほうをむいて確認してきた。面倒くさいな本当に。


「あのな、ダイアナのこと、覚えているか?」


 俺が訊いたらリリスがうなずいた。


「一応は」


「だったら、再会したんだ。歓迎してやれ」


「よろしいのでしょうか? 私は、ただのメイドで」


「今日は特別だ」


 俺の言葉に、リリスが嬉しそうにした。


「ありがとうございます。お久しぶり、ダイアナ」

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