第三章・その4

「ぶっ」


 俺の反応に、ダイアナが妙な顔をした。


「なんだ? その、日本のお笑い芸人みたいなリアクションは?」


「気にしないでくれ」


 さー困った! リリスは沙織のもとでメイドとして働いている。いまさら解き放ては、言っても無駄な――いや、俺が命令したら沙織は言うことを聞くだろう。正確には、聞く可能性もある。その手で行くか? それでも、ダイアナは、リリスをこき使っている沙織に炎を飛ばす可能性がある。それはどうする?


「何を難しい顔をしている?」


 考える俺の顔を、ダイアナが不思議そうにのぞき込んだ。


「顔が近いぞ」


「これはしたり」


 冗談じみた調子で言い、ダイアナが俺から少し離れた。そのまま右手を後ろにまわす。ヤバい。勘づいて俺を殺りにかかったか? あわてる俺の前で、あらためてダイアナが右手を前にだした。握られていたのはスマホである。


「連絡先を教えてほしい。昼に会って、吸血鬼どもと、それから魔族を片付ける会議をしようではないか。貴様のような強力なエレメンタラーと組むことができれば心強い」


「それは、あの」


 いま、スマホは持ってないで通す――のはなしだな。嘘を吐くのは人間のやるべきことじゃない。


「わかった。ほら」


 俺もスマホをだした。お互いのメルアドと電話番号を登録し。内心、頭を抱えながら、俺はダイアナに手を振った。


「ごめんな。俺、冴子――あの同級生のことなんだけど、エスコートしなくちゃいけないんだ。だから、今日は、このへんで」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、ベンチで気絶しっぱなしの冴子を指さした。ダイアナがうなずく。


「それは仕方がないな。また明日だ」


「また明日」


 明日なんて来なければいいのに。我ながらろくでもないことを考えながら、俺はダイアナから背をむけた。


「あ、それからな」


 これで話は終わったと思っていたんだが、背後からダイアナの声がかかった。まだ何かあったらしい。


「今度はなんだ?」


「一応の確認はしておく。その娘、まさかとは思うが、食料として見ていてはいないだろうな?」


 俺はあきれた。まあ、俺のことを吸血鬼と人間のハーフだと思っているんだから当然の話なんだが。言っておくが、俺はハーフじゃなくて純粋な吸血鬼だ。


「食料なんかにしたら、俺は休戦協定を破った罪で八つ裂きにされちまうよ。血を吸いたかったら赤十字から購入した血を吸えばいい。冴子は、ただの友達だ」


「そうか。わかった。それは信用しよう」


「じゃ、あらためて」


「あ、それからな」


 とっととずらかろうと思っていた俺に、またもやダイアナが声をかけてきた。しつこい奴だな。「刑事コロンボ」というTVドラマを見たことがあるが、あれそっくりである。


「今度はなんだよ?」


 わざとうんざり顔をしながら振りむいたら、ダイアナが、なんでか少し恥ずかしそうな顔をしていた。


「すまないが、私も帰ろうと思っていたんだ。なので、エスコートをしてほしい」


「は?」


「あの、実を言うとだな。私のエレメンタル――ファイアーライフルという名前なんだが、実は回数制限があってな」


「そんなの想像ついてた」


「で、一度に使えるのは、三発が限界でな。最低でも一時間は、私は普通の人間と変わらない」


「だろうな。それで?」


 うなずいて話をうながしたら、ダイアナが少し言葉をとめた。何が言いたいのか、なんとなく想像はついたが、少し待つ。――なんだか、思いきった顔でダイアナが俺を見つめた。


「私は、いま、自分の身を守ることができない。ひとりで帰るのが怖いのだ」


「――ああ、そういうことか」


 とりあえず、俺は大仰にうなずいて見せた。やっぱりな。戦う能力を失ったら、どんな奴でも普通はそうなるものだ。


「日本は平和だって言っても、悪い奴はいるしな。わかった。まずは冴子を女子寮まで運んで、そのあと、ダイアナを家まで送るから」


「それはありがたい」


 ダイアナが微笑し、俺の前まで歩いてきた。


「日本には、本当の意味でのジェントルマンが多いと聞いていたが、確かにそうだな。吸血鬼の血をひいたダンピールでさえ、この私の帰り道をエスコートするとは」


「送り狼って言葉もあるんだけど」


「エレメンタルを使えない私を前にしながら、ただの話し合いで終わらせる男が、送り狼になるだと? 私を殺せる機会は何度もあったはずだ。ここには目撃者もいないし」


 ダイアナの言葉は正論だった。これは首を縦に振るしかない。


「人間としての行動ってのがあるんだよ。俺はそれをしてるだけだ。ただ、そうじゃない奴も多いからな。気をつけろよ」


「あたりまえだ。気をつけている。私をどこの生まれだと思っているんだ?」


「そこまで言うならスタンガンのひとつも常備しておけ」

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