第三章・その3

「まあ、一応、握手はするけど」


 言い、俺はダイアナの手を握った。ダイアナが嬉しそうにする。


「あらためて自己紹介をするが、私はダイアナ・スチュアートと言う。日本にきて二年になる。日本語がおかしかったら指摘してほしい」


「すごく流暢だよ。目をつぶって聞いていれば外国人とわからないくらいだ。あらためて、はじめまして、ダイアナ」


 俺は握手を離した。


「それで、あのな」


「私は友達を探しているのだ」


 俺の話を聞く気はまったくないらしい。というか、吸血鬼の人間の混血だから、俺は強いと判断したのだろう。強い仲間できれば、普通は嬉しいものだ。ダイアナの表情はまさにそれだった。


 ダイアナが俺に右手を見せた。


「実を言うと、先ほどの炎の魔法も、その友達の力を借りて開発したのだ」


「へえ」


 エレメンタルの開発に、べつのエレメンタラーが手を貸したわけか。そういうケースは聞いたことがなかったな。まあ、エレメンタルに関して言うなら、日本は後進国だ。それも仕方がないだろう。


「で、その友達が、ある日、吸血鬼の手にかかってな」


 ペラペラとダイアナが説明しはじめた。いままで、俺のような戦闘能力を持つ相手と出会う機会がなくて、言うに言えなかったのだろう。女性はしゃべることでストレス発散をする生き物だと、どこかで聞いたことがある。なるほど、これがそうか。


「私は、その友達のことが好きだったのだ。恩もある。その恩に報いなければ。日本で言う、忠義と言う奴だな」


「ごめん。ちょっとストップ。それは忠義じゃなくて仁義って言うべきかな」


「は?」


 一応のツッコミを入れたら、ダイアナが眉をひそめて下を見た。指さす。


「ジンギとは、貴様の持つ、その武器のことだろう?」


「へ?」


 俺もつられて下を見た。俺の手には、さっきと同じで、魔道具の特殊警棒が握られている。――少しして気づいた。仁義じゃなくて神器だと思ったらしい。


「えーと、すごい武器を神器とも言うけど、人から受けた恩を忘れないことも仁義と言うんだ。あとで調べておいてくれ。それで?」


 話を促したら、ダイアナがうなずいて話しだした。


「その友達は、イギリスで吸血鬼の手にかかった。私は探したぞ。そして、ある吸血鬼を締めあげて、その居所を突き止めた。日本に移ったという。そのことを知ったのが二年前なのだ」


「なるほどね」


 それで日本にきたわけか。それにしても、イギリスと日本って、吸血鬼の間で何か交流でもあるのか? 頭の片隅で疑問に思いながらも、俺は引き続き、ダイアナの話を聞くことにした。


「幸いなことに、私には戦える能力がある。その友達の開発してくれた能力だがな。そして、エレメンタル同盟の口利きで、こちらで吸血鬼や魔族退治の仕事をしていれば、それなりの収入もある。それをこなしながら、ようやく突き止めたのだ。友達のいる場所を」


「よっぽど好きだったんだな、その友達が」


 俺は少し感心した。これほどの想いで追われたら、吸血鬼の毒牙にかかった、その友達というのも報われることだろう。エレメンタルの種類にもいろいろあるし、吸血鬼になったものを人間に戻すということも、うまくすれば可能かもしれない。


「うまく友達が見つかるといいな。俺も協力する気になってきた」


 これは本心からの言葉だった。ダイアナが俺に笑顔をむける。


「ありがとう。かたじけない」


「かたじけない、か。日本語としては正しいけど、少し古風だな。時代劇の侍みたいだ」


「それを意識して言ったのだ」


「へえ。――俺たちが西洋ファンタジーにあこがれるのと同じか。西洋人は侍とか忍者とか漢字にあこがれるもんなんだな」


「是非もなし」


 俺とダイアナは、笑顔で少し見つめ合った。


「で、それはいいんだけど、ひょっとして、その友達のことは、片想いだったとか、恋心があったとか」


「女友達だ。それはない」


「あそ」


 俺の邪推は一瞬で蹴散らされてしまった。それにしても感心な美少女だな。友達を助けるために、イギリスから渡ってきたとは。俺が人間らしくいようとするのと同じで、ダイアナが武士道に固執しているだけかもしれないが。いまの若い日本人に聞かせてやりたいほどの美談だった。


「それで、その友達というのは、どこにいるのか、見当はついているわけだな?」


「是非もなし、だ」


「どこなんだ? 俺にも教えてほしい」


「ふむ」


 ダイアナが、少し考える顔をした。


「言ってもいいが、いまから助けに行くのは不可能だぞ? 実はいま、私はエレメンタルを使えない。友達を助けに行くのは後日になる」


「わかった。それでもいい。教えてくれ」


 やはり、ダイアナのエレメンタルは、一度に使える回数に限界があるらしい。まあいい。ダイアナとわかれた後、俺がひとりで乗りこんで、ダイアナの友達を救出する手もある。困っている女性を助けるのが人間のやることだ。


「この街にある廃ビルなんだ」


 前言撤回。廃ビルだと?


「かなり前に、住んでいる人間は残らず出て行ったそうなんだがな。おかしなことに、解体工事も行われず、長い間、この街の片隅に存在している。これが吸血鬼どもの拠点に違いない」


 自信満々にダイアナが言う。なんか、俺の背中に嫌な汗が。


「なんでそう思った?」


「証拠があるんだ」


 ダイアナの言葉に迷いはなかった。


「普通の人間は、その廃ビルの存在に疑問を持たない。昼間に話しかけても、そんなビルなんか見たことがないという返事がきた。すぐ目の前にあるのに。あれは吸血鬼どもの結界魔法が働いているという何よりの証拠だ」


「なるほどな」


 俺はうなずくしかなかった。確かにそのとおりである。それはいいんだが。


「あのな。ちゃんと確認してなかった。その、友達というのは、女性だったな? なんて名前だ?」


「ああ、言ってなかったな。すまん」


 ダイアナが笑いかけた。


「私の友達は、リリス・ジョースターという名前だ」

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