第三章・その2
不愉快そうに眉をひそめる美少女に俺は笑いかけた。
「ただ、格闘技と実戦の間に優劣はない。格闘技もやって体力もありあまってる相手に本物の喧嘩を売るっているのは、それはそれで面倒なものなんだ。覚えておきな」
「うあああああ!!」
あらためて美少女が腕を振った。三発目。もう駄目だ。でてきた炎の威力は三分の一。速度もそんなもんだ。俺は軽く首を傾けてよけ、小走りに美少女へ近づいた。美少女が恐怖の表情を浮かべる。まあ、怖がらせるくらいの仕返しは許されるだろう。俺は特殊警棒を振りあげた。恐怖の表情のまま美少女が特殊警棒に目をむける。つまり上を見あげた。その隙を突いて足払いをかける。
「う!」
きゃあくらいの悲鳴は聞かせてほしかったんだが、その望みはかなわなかった。意外に根性あるな。さすがはエレメンタルの使い手。しかも、吸血鬼に喧嘩を売れる戦士レベルと言っておこうか。
「さてと」
俺はひっくり返った美少女をゆっくりと眺めた。金髪に青い瞳。沙織のところのリリスと同じ人種だ。イギリスかアメリカか、そのへんが原産だろう。かつての俺だったら、即座に襲いかかっていたところだ。いまはそんなことをしないと心に誓っているし、牙もないからできないが。
「もう一回だけ質問しておこうか。名前は? 何者だ?」
ひっくり返ったまま、美少女が横をむいた。喧嘩には負けても、俺の言うことを聞く気はありません、か。俺は美少女の頬に手を振れた。ギョッとした顔で美少女が俺をにらみつける。
「貴様、何を――」
「催眠術で、とりあえず言うことを聞かせるか」
わざとらしく俺はひとりごとを呟いた。美少女が恐怖の表情を浮かべる。
「あやつった人間は、血を吸っても悲鳴をあげないから楽なんだよ」
「ままま待って! 言うから!!」
一瞬で美少女が折れた。ま、人間はそんなもんだろう。炎を矢のように飛ばすエレメンタルは、しばらく時間をおかないと使えないはずだし。
「私の名前は、ダイアナだ」
「はじめまして、こんばんは、ダイアナ。俺は光沢鉄郎ってもんだ」
とりあえず、俺は美少女――ダイアナの自己紹介を信用した。偽名を使っていると疑ってもよかったんだが。ま、人の言うことは信用しないとな。それが人間としての基本的な務めだ。考える俺をダイアナがにらみつけた。
「私は本当の名前を言ったのに。なんだ貴様は」
俺が偽名を言ったと思いこんでいるらしい。
「俺は日本の生まれだ。この名前で普段から生活している。信用してくれないとは心外だった」
「シンガイとはなんだ?」
「がっかりという意味だ」
ダイアナが、少し考えるような顔をした。あらためて俺を見つめる。
「それは本当の名前なのか?」
「いまの、俺の名前だ」
「やはり偽名ではないか」
言いながらダイアナが身体を起こした。
「私から質問をしていいか?」
「どうぞ」
「なぜ、本当に催眠術をかけない? 催眠術をかければ、さきほど、貴様が言ったとおり、私から自在に情報を聞きだせて、静かに私を殺すことも可能なはずだ――ひ!」
言いかけ、ダイアナが怯えた声をあげた。俺が軽く眼力に圧をかけたからである。紅蓮に輝く瞳を見れば、俺が吸血鬼であることに疑う余地はなくなるはずだ。
怯えた顔のまま、ダイアナが俺の顔を指さした。
「それだ。それができるのに、なぜ、私に手をださず、普通に話をする?」
「俺は人を殺さないんだ」
ま、これは正直に言ってもいいだろう。変なものを見るみたいな目をするダイアナに俺は笑いかけた。
「世のなかには、そういう吸血鬼もいるんだって思ってくれ」
「本当に変わっているんだな。名前と言い、人間相手にこのように長い会話をすることと言い――?」
ここまで言い、ダイアナが目を細めた。暗い場所で、何かをはっきり見ようとしたのだと思う。
「貴様、その歯に牙がないぞ。どういうことだ?」
あ、いかん。笑いかけたのは失敗だったか。ミスにあわてる俺の前で、ダイアナが俺にむかって近づいてきた。
「ひょっとして、貴様、吸血鬼ではなかったのか? まさか、吸血鬼と人間の間の混血だったのか?」
リリスと同じことを言ってくる。俺は笑い――かけず、軽く口元を抑えた。
「実は、俺はな」
「そういうものが、人間として生活し、エレメンタルを駆使し、吸血鬼や魔族と戦っているという話を聞いたことがある。貴様、ひょっとして、そういう立場のものだったのか?」
なんだか、変な勘違いをされてしまったようだった。ダイアナはダイアナで、困った顔で俺の前に立つ。
「どうも、すまなかった。謝る。私は、吸血鬼と人間の混血で、エレメンタラーとして戦っている戦士に、誤解で言いがかりをつけてしまったようだ」
言って、ダイアナが頭をさげた。いかん。言いにくい状況になってしまったか。
「あのな、俺は――」
「いい。わかっている。苦しい人生を送っていたのだろう」
うんうんとダイアナがうなずいた。
「人間にも恐れられ、吸血鬼からも半端者あつかいをされ、それでも魔族と戦う戦士として生きる。素晴らしい人生だと思うぞ。私も協力しよう」
「そういうのはいらん」
「遠慮はするな。どうせ、ひとりで戦ってきたのだろう?」
ダイアナが俺に笑いかけた。
「それとも、ともに戦える仲間がいると言うのか?」
言われて、俺は少し考えた。俺には沙織と言う、強い仲間が先日生まれたのだ。本当のことを言っておくのが人間としての対応だろう。
「いままでは、いなかったけど、これからは――」
「わかっているではないか。そうだ。私がいる。では、これからはともに戦おう」
ダイアナが俺に手をだしてきた。握手をしようってことらしい。俺を人間と吸血鬼の混血と勘違いをして、それでも友好的な態度をとる。これは握手しないと失礼というものだ。
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