第三章・その1

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「とりあえず、武器は調達できたな」


 俺は冴子と一緒に歩きながら考えた。ついでに、沙織の部下たちとも顔見知りになったし、予定外の事態だったけど、冴子のことも沙織の部下たちに教えることができた。これで沙織の部下が冴子に襲いかかることはない。人間の友達がいるというのは、なかなか行動に制限がでてくるものだ。


「あと、学校の連中は手にかけるなと言っておくか」


「なぜでしょうか?」


 俺の独り言に、冴子がぼうっとした顔のまま訊いてきた。


「袖すり合うも他生の縁と言ってな。同じ学校に通ってるんだから、見捨てるわけにはいかないんだ」


「義理堅いのですね」


「これくらい普通だろ」


 こんなこと、人間の世界なら常識のはずなんだが。つか、なんで吸血鬼の俺が人間の冴子に説明しなければならんのだ。一度、世界の人間は、おまえは人間だから人間らしく生きろと催眠術をかけてもらうべきかもしれない。


「それから、まっすぐ帰って問題ないんだな?」


 一緒に歩きながら俺は冴子に訊いてみた。沙織がぼうっとした顔のまま、少し考える。


「懐中電灯を買いましょうか」


「あのビルにはもう近づくな」


「わかりました。ですが、それでも、懐中電灯は買っておくべきかと思います」


「ふうん。――ま、いつ災害が起こってもおかしくはないし。それは正論か。じゃ、ちょっと寄り道をするぞ」


 十分後、俺たちは帰り道の途中にあるスーパーマーケットに入っていた。食品関係は一階、それ以外の、衣服だの文房具だのは二階に売っている。そこに行き、俺は一番安い懐中電灯を手にとった。五〇〇円プラス消費税。これでいいだろう。


「これにしろ。安くて手ごろだ」


「わかりました」


 ついでに乾電池も購入し、その場で入れ、ちゃんと作動することを確認してから俺は懐中電灯を冴子に渡した。


「これで、帰り道が暗くても、これからは安全だな」


 たまに電柱の明かりが消えていて、俺もビビったことがあるからな。明るいというのは、それだけで心の安息になる。


「じゃ、あらためて帰るぞ」


 俺は冴子と歩きだした。冴子の催眠術は、女子寮の前まで行ってから解けばいい。そのまま商店街を突き抜け、近道で公園へ入る。ここを通り抜ければ、冴子の生活する女子寮まですぐである。前のときは、それで魔族と沙織の殺し合いに遭遇したんだが。まさか、二日連続で魔族と衝突することはないだろうと俺は思っていた。


 確かに、魔族との衝突はなかった。


「――はうっ」


 俺の隣を歩いていた冴子が、いきなり妙な声をあげた。なんだと思って目をむけると、冴子がバランスを崩して俺に倒れかかってくる。もう俺の催眠術の呪縛は解かれていた。


「おいおい」


 あわてて俺は冴子の身体を支えた。強制的に催眠術を解かれて、意識まで途切れたな。つまり、まともな催眠術の解き方ではないということだ。どこの誰がやりやがった?


 とりあえず、気絶した冴子を抱き上げ、俺は左右を見まわした。ベンチがある。そこまで小走りで駆け、俺は冴子を寝かしつけた。魔道具の特殊警棒がどこまで使えるか、こうもあっさり実験できる機会に恵まれるとは。


「どこのどなた様か、名前くらいは聞いておこうか」


 俺は特殊警棒を抜いた。伸ばしながら周囲を見まわす。――なるほどな。そこの樹木に姿を隠しているが、それだけじゃない。うまいこと気配を消すもんだ。意識的に注意をむけなければ、潜んでいることに気づかないところだった。


 しかも、これは吸血鬼や魔族の持つ、生まれつきの能力じゃない。人間が訓練によって生みだした隠形の術だった。


「人間を手にかける化物に名乗ると思ってるのか」


 澄んだ声がした。やはり女か。


「じゃ、べつの質問にしておこうか。いつから俺をつけた?」


「スーパーマーケットで貴様を見かけた」


「へえ。ウロウロ歩きまわるのは、これから注意しないとな」


 俺は特殊警棒をかまえた。同時に、樹木の影から声の主――俺と大して変わらない年齢の美少女だった――が姿をあらわした。すさまじい殺気が俺にむけられる。俺は感心した。ここまでの殺気を、いまのいままで抑えこんでいたのか。大したもんだな。日本人じゃないのは、顔の造形ですぐにわかったが、どこのエレメンタル使いだ。


「それで? どうして俺とやりあう気になった――うお!!」


 俺は話を中断して身体をかがめた。その美少女が腕を振った瞬間、紅蓮の炎がまっすぐ俺に飛んできたのである。よけられたのは俺ならではだ。いまの速度――かつて吸血鬼だったときにクロスボウで撃たれた経験があったが、それとほぼ同レベルである。普通の人間なら串刺しにされていただろう。


「ずいぶんと礼儀を知らないお嬢さんだな。まだはじめる合図もしてないだろうに」


「貴様のような化物と、ルールのある決闘などできるか」


 返事をしながらも、美少女の表情は悔しげだった。いまの不意打ちで仕留められなくて頭にきているらしい。いや、これは焦りの表情か。一撃で仕留められなかったのははじめての体験だったらしい。俺はそう読んだ。


「二発目はどうくる?」


 俺はニヤついて見せた。エレメンタルが強くて、最初の一撃でほとんど蹴りがつく奴ほど、長引いたときにどうするかの経験値を積めない。従って、こういうときに焦る。俺の前にいる美少女が、まさにその状態だった。


「うああああ!」


 恐怖を押し殺すためか、悲鳴みたいな雄叫び――女だから雌叫びか――をあげ、美少女が両手を振った。さっきの炎よりも、かなり威力は低めに見える。速度も。俺はひょいとよけて見せた。ふむ、こいつのエレメンタルは、炎を矢のように飛ばす。しかし、連続攻撃はできない。瞬間に大容量の発砲はできても。そこまでなのだ。これはガソリンタンクの容量の問題だな。


「まあ、一瞬で蹴りをつけるというのは、実戦の本当の形ではあるな。ライオンの狩りの例もある。ボクシングみたいに、延々と時間をかけて殴り合うのはルールのあるスポーツとか、格闘技の世界の理屈だ」


「何を偉そうな――」


「俺はほめてるんだ」

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