第二章・その6

「あらためて自己紹介するけど、俺は光沢鉄郎ってもんだ」


 とりあえず名乗ってみたが、メイドは黙って俺を見ていた。


「君は?」


「答えなさい、リリス」


「わかりました沙織お嬢様。私の名前はリリスです」


 金髪の美少女メイドが会釈をした。


「元はオズワート家に仕えていたものです。桜塚家と親交を深める意味として、わたくしの元にきました」


 オズワート家か。六大鬼族のひとつである。なるほどな。人間の知らないところで、そういうことをやってきたわけか。――待てよ、ということは、リリスは沙織に血を吸われた下僕ではないということになる。


「よく命令を聞いてるな」


「沙織お嬢様のお言葉は、私の血の親のお言葉です」


 毅然とした表情でリリスが言った。


「日本へくる前、そう私は命令されました」


「なるほどね」


 それを律儀に守っているわけか。さっき、沙織が「「今後、この方が何か口にしたら、それはわたくしの言葉と思いなさい」と人間あがりに命じていたが、それと同じだ。


「リリス、魔道具の部屋へ光沢様をおつれしますよ」


 沙織が命じた。


「そこで、光沢様に合う魔道具を選びます」


「かしこまりました」


 丁寧な調子でリリスが会釈し、俺から背をむけた。ちらっとだけこっちをむく。


「こちらです」


「どうも」


 俺はリリスの案内で部屋をでた。真っ赤なじゅうたんの敷かれた廊下を歩く。


「光沢様は、どのような魔道具がお好きなのでしょうか?」


 俺の隣で沙織が訊いてきた。ちょっと考えてみる。


「剣とか槍は勘弁してほしいな。目立つ武器を持って歩きまわったら警察に不審尋問を受ける。メリケンみたいなのはあるか?」


「は?」


 俺の言葉に、リリスが妙な顔で振りむいた。


「小麦粉で、目つぶしをするのですか?」


 よくわからないことを言う。


「小麦粉じゃなくてメリケンだ」


「小麦粉のことをメリケン粉と言うそうですが」


「あ、昔はそう呼んでたらしいな。そっちじゃない。メリケンサックだ。喧嘩で殴り合いに使う奴。なかったら特殊警棒でいい。いや、特殊警棒を最初のリクエストにしておくか」


「わかりました」


 言ってから、特殊警棒の魔道具なんてあるか? なんて思ったが、リリスはうなずいて、あらためて歩きだした。


 階段を降り、廃ビル状態の廊下を少し歩き、ある扉の前でリリスが立ち止まった。暗証番号のある、厳重そうな奴である。


「こちらです」


 俺たちのほうをむき、会釈した。横へ移動する。


「どうもな」


 俺は礼を言い、沙織が扉の前の暗証番号を押しはじめた。


「どうぞ、光沢様」


 沙織が扉をあけた。


「じゃ、失礼して」


 俺は部屋に入った。つづいて沙織も。そして最後にリリス。


「――こりゃすごいな」


 あるわあるわ。軽く見ただけで、手斧、ヌンチャク、ナイフ、日本刀。奥のほうにはマシンガンまである。


「マシンガンの魔道具なんてあるのか」


「弾丸に加工したのです」


 これはリリスの説明だった。――まるで、自分で加工したみたいな言い方だった。


「これ、誰がつくったんだ?」


「私です」


 案の定、リリスが返事をした。


「リリスは、元は魔導士だったのです」


 これは沙織の説明だった。なるほど、製作者が目の前にいるんなら、特殊警棒の魔道具も特別注文で制作可能になる。


「じゃ、特殊警棒とか、メリケンとかも」


「こちらです光沢様」


 沙織に言われて、俺はだだっ広い部屋――武器庫って言ったらいいのか、そのなかを歩いた。本当に特殊警棒がある。


「わたくしたちが下僕した人間あがりが、特殊警棒で戦う能力に秀でていた場合のことも考えまして、リリスにつくらせたのです」


「へえ。それにしても、ずいぶんあるな」


「エレメンタルに目覚めた人間の同盟に販売しております。その見返りとして、わたくしたちは赤十字から血を得ているのです」


「なるほどねえ」


 俺は特殊警棒を手にとってみた。――ふむ。確かに魔道具だ。俺が手から魔力を込めると、ちゃんと呼応して、魔力が倍増される。伸ばして、軽く振ってみた。ぶん、と空気を切る音が響く。なかなか具合がいい。


「これにするか。いいものをつくったな」


 俺は特殊警棒から目を逸らし、リリスに声をかけた。――リリスは、ちょっと驚いた顔をしていた。


「その、恐れ入ります」


 変なものでも見るみたいな目だった。


「あの、質問をよろしいでしょうか?」


 少しして、リリスが訊いてきた。


「なんだ?」


「私は光沢様のことを、エレメンタルに目覚めた人間かと思っておりました。ですが、いまの魔力。――あれは、沙織お嬢様と同じ、吸血鬼のものでした」


「わかるか」


「ですが、いまの、そのお姿や、口元の特徴からすると、人間のようにも見えます。もしや、光沢様は、吸血鬼と人間の混血の、ダンピールだったのでしょうか?」


 あ、そういうふうに勘違いしたか。


「それは少し違うな。――なんて言ったらいいのか、とにかく、俺は吸血鬼の魔力を発揮できるんだ。そういうエレメンタルなんだと思ってくれ」


「はあ」


 俺は特殊警棒を縮めた。普段から持ち歩けるように、これからは上着に何か細工をしておくか。


「あ、少しお待ちください」


 考える俺の前で、リリスが急に遠い目をした。


「どうしたのですかリリス?」


「このビルの外に人間がおります」


 なんでかわかるらしい。魔導士だから使い魔でも飛ばしてるんだろうと俺は判断した。


「まあ、人間くらいいるだろう」


「このビルに入ろうとしております」

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