第二章・その5

 俺の言葉に、沙織が嬉しそうにした。


「ありがとうございます、殿下」


「ただ、あくまでも、俺は人間として行動する。俺の顔を知らない桜塚家の連中には、そういうことにしておいてくれ」


「それは――」


 少しだけ、沙織が口ごもった。


「わかりました。殿下がおっしゃるなら、そのようにいたします」


「わかってくれて俺もうれしいよ」


 これは勘だが、吸血鬼の俺が生きていたということは公にしない方が、うまく行動できるような気がしたのだ。


「それはいいが、となると、俺は何か武器をもたなくちゃならないな」


 人間が素手で魔族とやりあえるわけがない。エレメンタルに覚醒していれば話はべつだが、それでも前線にでられるのはほんのわずかだ。あとは、エレメンタルを増幅する魔道具を使うという手だな。俺もそれで行くとしよう。


「何か魔道具はあるか?」


「あ、はい。それは、桜塚家の力を使えば、どうとでもなります」


「そりゃよかった」


「なんでしたら、いまから」


 つづけて沙織が笑顔で言う。


「え、もう都合がつくのか?」


「はい」


 嬉しそうに言う。まあ、それなら、見るだけ見ておいて損はないか。


「じゃ、ちょっと見てみるか」


 俺は立ち上がった。一緒に沙織も立ち上がる。ファミレスをでて、俺たちは沙織の指示で街のなかを歩いた。


 到着したのは、沙織の住む廃ビルだった。


「ここか」


「どうぞ」


「はい、お邪魔します」


 俺は廃ビルに入った。沙織のあとを歩く。外見と同じく、打ちっぱなしのコンクリートの汚れた廊下だ。――何人か、護衛と言ったらいいのか、兵隊らしいのとすれ違った。ひと目で人間じゃないとわかる。桜塚家が身内にした人間あがりだな。そいつらが俺を見て、牙を剥いたらいいのか、沙織と一緒だから友好的にしていいのかわからない顔をした。


「よいのです。この方は、わたくしの招いた、大事なお客様ですので」


 沙織の説明に、兵隊が、慌てて会釈をした。


「今後、この方が何か口にしたら、それはわたくしの言葉と思いなさい」


「はっ」


 人間あがりが会釈から直立不動の姿勢になって返事をした。さすがだな。


「どうぞ、こちらへ」


 ひきつづき、沙織の言葉に誘われ、俺は廃ビルのなかを歩いた。階段を昇って二階にあがる。――ちょっと驚いた。中身は改装されていて、えらく綺麗である。なんか、ここだけ見たら、ものすごい金持ちのお嬢様の家だった。一階と二階でずいぶんな違いだ。


「これ、ビロードって言うんじゃないか?」


「はい。取り寄せました」


「へえ。――そりゃいいけど、じゅうたんの上を土足でいいのか?」


「そういう場所ですので」


「そうか」


 俺は上を見あげた。天井からシャンデリアがぶら下がっている。沙織が軽く手を振ったら、明かりが灯った。どこかにセンサーがあるらしい。ずいぶんとハイテクだな。まあ、時代も違うし、当然か。


「お帰りなさいませ」


 知らない声が聞こえた。振りかえると、メイド喫茶のコスプレみたいな――みたいじゃなくて、本物か。ハイテクの時代にもこういうのはいる――金髪で赤い目の美少女が立っていた。俺を見て眉をひそめる。


「沙織お嬢様、こちらのものは?」


 俺のことを不審がっている感じだった。そういえば、ファミレスから魔力を抑えたままだったな。ま、いいか。俺のことは秘密だ。


「こちらの方は、わたくしの同胞です」


 俺の横で沙織が説明した。


「えーと、お名前は、確か」


「俺のことは光沢鉄郎と呼んでくれ」


「あ、そうでしたわね。殿――光沢様」


「貴様、沙織お嬢様にどういう口の利き方をしている?」


 いきなり険悪な表情になったメイドが俺をにらみつけてきた。威嚇するように牙を剥いてくる。なるほど、沙織と同じ性格か。


「貴様は知らんようだが、このお方は桜塚家の」


「いいのです」


 メイドの言葉を沙織が遮った。


「この方は、これから、わたくしとともに魔族討伐をするのです」


「はあ」


 メイドが、釈然としない顔をしながらも、沙織の言葉にうなずいた。俺を人間だと思っているから、これは仕方がない。なんで自分より劣るものに頭を下げなければならないのか、くらいは考えているんだろう。

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