第二章・その3
2
想像どおり、沙織が転校してきたのは俺と同じクラスだった。担任の宮田先生の紹介で、沙織がクラスの皆に笑顔をむける。
「桜塚沙織と言います。皆様、よろしくお願いします」
それはいいけど本名だった。桜塚と聞いたクラスの連中が不思議そうにする。
「すっげー美人だよな」
「それはいいけど、桜塚って、吸血鬼の六大の名字じゃなかったっけ?」
「じゃ、やっぱり?」
「馬鹿、いま昼間だぞ。偶然だろ」
「でも変な格好してるし。あれ、タキシードって言うんだろ? 転校してきたんなら、前の制服を着ていればいいのに」
皆がひそひそ話しはじめる。俺の耳に聞こえるんだから、当然ながら沙織の耳にも聞こえているはずだ。沙織が柳眉をひそめる。
「わたくしは――」
言いかけ、沙織が俺の視線に気づいた。
《言うな》
声にださないで口を動かしたら、沙織がうなずいた。
「特に何も言いませんので、皆様で想像してください」
言わなくても誤魔化す気はないらしい。クラスのみんなに怯えが走る。まあ、仕方のない話だ。いくら休戦協定があるからって、昼間から吸血鬼が学校にきたらビビって当然である。
第二次魔界大戦から十年経っても、人間は吸血鬼と魔族の脅威を忘れたわけではないのだ。
「それから、わたくしは、皆様と友達になりたいと思っています」
あらためて笑顔になった沙織が宣言した。素性を知らなければ、赤ん坊でも笑い返す微笑である。クラスの生徒がホッとしたような気配を見せた。
「そうだよな。俺たちの血を吸うなんて言うわけないよな」
「昼間なんだし、ねえ?」
「やっぱり、名前は偶然だったんじゃない?」
ひそひそ声で口々に言う。
「殿下のお友達でしたら、わたくしも仲良くしたいと思いますので」
余計なことを補足してくる。クラスの連中がキョトンとなった。そういえば、俺のことは光沢と呼べって言ってなかったっけ。
「あの、質問なんですけど」
女子のひとりが手をあげた。
「いま言った、殿下ってなんですか?」
「そこにいらっしゃる、光沢鉄郎様のことです」
六大鬼族のお姫様だからな。テキトーほざいて物事を誤魔化す必然性のない生活を送っていたから、なんでも正直に答えてしまうんだろう。クラスの連中が一斉に俺へ目をむける。
「――あの、さらに質問なんですけど」
「なんでしょうか?」
「それ、光沢くんに、そう言うように強制されたんですか?」
「いえ。わたくしが言いたくて言っているのです」
「なんでですか?」
沙織が少し考えた。
「えーと、ネットゲームで、いろいろありまして」
「あ、なるほどね。わかりました」
沙織の座る席も決まり、ホームルームが終わって宮田先生がでて行った。一時限目がはじまりだす少しの間に、女子が沙織の前に集まりだす。
「光沢くんと、前々から知り合いだったの?」
「はい」
「あの、悪いことは言わないから、光沢と付き合うのは、ゲームだけにした方がいいよ」
おい聞こえてるぞ。頭にきて目をむけたら、しゃべってるのは冴子だった。
「光沢って、あんまりいい噂を聞いたことないからさ。人間らしく生きるんだって、変なことをよく言ってるし。それで、何かって言うと暴力事件を起こしてるって噂だし」
その噂を流している新聞部がおまえだろうが。つか、沙織も切れるんじゃないか? 心配しながら見ていたが、立ち並ぶ女子の隙間から見える沙織の表情は笑顔のままだった。というか、むこうからもこっちが見えるから、俺の表情を見て、切れたらまずいと判断したらしい。
「殿下のお友達ですから、わたくしも怒りませんが、そういう暴言は、今後、控えていただけますでしょうか?」
「なんで?」
「殿下は素晴らしいお方です。皆様がお気づきになられていないだけです」
凛とした調子で断言する。沙織の周囲に立っていた女子共があきれた顔をした。
「そりゃ、ゲームの世界じゃ、聖人君主なのかもしれないけど」
「あとで、騙された、なんて言って泣いても知らないよ」
「そりゃ、あいつ、女子を殴ったって話は聞かないけどさ」
「おい先生きたぞ」
最後のは男子の声だった。あわてて女子が席について行く。
とりあえず、普通の日常がはじまったようだった。
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