第二章・その2

「そんで、あなたは? 下郎って何よ? 光沢のなんなの? 私に何が言いたいのよ?」


「質問はひとつずつにしてほしかったんだがな。まあ、いいとしよう」


 沙織が冴子をにらみつけながら胸を張った。


「聞くがいい。わたくしは、こちらにおわす殿下の」


「まあまあまあ」


 俺は沙織の言葉を遮り、腕をつかんで冴子から距離をとろうと歩きだした。――やっぱり、俺と同じだな。人間と同じ体重で、同じ力である。昼間でも行動できるとは言っても、人間を超越した力は発揮できないらしい。


「あの、殿下?」


「そういう話は、ここではなしだ」


 冴子と五メートルくらい距離をとってから、俺は小声で沙織にささやいた。沙織が不思議そうにする。


「なぜでしょうか?」


「いろいろ面倒だからだよ。婚約者がいると、婚前交渉とか不純異性交遊とか、変な噂が流れるし」


 とりあえず、沙織にわかるレベルで説明したつもりだったんだが、沙織は理解できないという顔をしていた。


「不純異性交遊など、人間の販売している週刊誌に、よく載っている話だと聞いておりましたが」


「それは特殊な例を報道してるんだ」


 言いながら、俺はちらっと冴子のほうを見た。よかった。俺たちの会話は聞こえてないらしい。それはいいが、なんであんな悔しそうな顔をしているんだ?


「特殊でもいいではありませんか。わたくしたちは人間ではありませんし。特殊で当然でしょう?」


 沙織が訊いてきた。それはそのとおりなんだが。どう言ったらいいんだか。


「えーとだな。とにかく、俺は人間として行動する。だから、何か話をするときは俺に合わせろ」


「それはかまいません」


 沙織が当然のように返事をした。


「わたくしは、殿下のお言葉には、すべて従います」


「そりゃよかった。じゃ、行くぞ」


 ここまで小声で言い、あらためて俺は沙織の腕をひいて冴子の前まで行った。


「えーとな。俺、ちょっと、ネットでゲームやってたんだ」


「何よそれ?」


 眉をひそめながら冴子が訊いてきた。仕方がないから、へらへら笑いながら頭をかく。


「それで知り合ったのが、ここにいる沙織なんだ。ちょっと、オフ会で話をしたことがあってな。で、なんか、親の仕事の都合で、こっちに引っ越してくるってことで、ここにきたんだ。そうだよな?」


 俺は沙織を見ながら、最後の声に重圧をかけた。沙織がうなずく。


「はい、そのとおりです」


「で、だな」


 あらためて、俺は冴子のほうを見た。


「そのゲームで、いろいろあって、そのときの気分で沙織は話をしてるんだ。だから、さっきの話は気にしないでくれ」


「――あ、なるほど。わかったから」


 ありがたいことに、冴子は俺の、口からのでまかせを信じてくれたようだった。


「つまり、そこの沙織さんは、中二病か、そうじゃなかったら電波ってこと?」


「おまえ、その言い方は」


「貴様、この私に――」


 俺の横に立っていた沙織の気配が一変した。ヤバい。


「待て待て沙織」


 横をむいたら、想像どおり、沙織が殺気立った顔で冴子をにらみつけていた。その顔が急に表情を変え、俺に視線を合わせる。


「なんでしょうか?」


「この、冴子って女子は、俺のクラスメートなんだ。簡単に言うと友達だな。わかるか? 俺の友達なんだよ」


 少しだけキョトンとし、沙織が笑顔になった。


「わかりました。こちらの方は殿下のお友達だったのですね」


 言い、沙織が冴子のほうをむいた。


「はじめまして。冴子さん。殿下のお友達ということでしたら、わたくしとも仲良くしましょう」


 笑顔で友達宣言をし、右手を差しだす。突然の沙織の豹変に、冴子が驚き半分、変なものを見る目半分って顔をした。


「えーと。――まあいいや。仲良くしようって言うんなら、べつに断る必要もないし」


 言って、冴子が沙織と握手をした。直後に、驚いたように握手した手を見る。


「ひんやりした手。冷え性なの?」


「普通の人間の感覚では、そう思っても仕方がないでしょうね。気になさらないでください。それから、わたくしは、あなたに襲いかかったりはしませんから、それもご安心を」


 ひとこと多い沙織の返事だった。握手を離し、冴子が怪訝そうな眼で沙織を見据える。


「襲いかかるって何? まさか、そっち系なの? それとも、また電波?」


「おまえたち、ここで何をしてる?」


 また違う声が飛んだ。顔をむけると青田先生がいる。生活指導だからな。廊下を見まわっていたらしい、また面倒な人が面倒なときに。


「ほら、もうすぐホームルームだろう。さっさと教室に戻れ」


「殿下、こちらの方もお友達ですか?」


 沙織が笑顔で俺に訊いてきた。


「友達なわけがないだろう。この人は――」


「違うのですか!」


 先生だ、と俺が言うより早く、沙織の表情が変わった。いきなり青田先生につかみかかる。


「貴様、殿下に何を偉そうな言葉を!!」


「待て待て待て!!」


 あわてて俺は沙織の肩をつかんで青田先生から引きはがした。驚いた顔で青田先生が沙織を眺める。


「いきなり何をする? というか、おまえ、どこのクラスだ? 妙な格好をして」


「すんません、こいつ、転校生なんです。俺とは前々からの知り合いだったんですけど、ちょっと変わってて」


「おまえと知り合いだと? おまえも変わっているとは思っていたが、友達もずいぶんな変人だな」


「貴様、言葉に気をつけろ下郎」


「あーそうそう、そろそろホームルームだった。じゃ、俺たち、教室に戻りますので。冴子、おまえもこい」


 俺は青田先生に会釈し、沙織を引っ張って、青田先生の前から逃げだした。

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