第六章 悪意ある遺物・その1

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「あの、ここは?」


 ミレイユが起きあがり、左右を見まわした。


「あ、起きたみたいだね」


 ヒジリのオートマトンが言い、俺のほうを見た。つられてミレイユも俺のほうを見る。


「俺の部屋の、俺の布団のなかだ」


 俺はミレイユに説明した。ミレイユがショックで気絶したから、俺は自分の部屋に運びこんだのである。それで、ヒジリのオートマトンを起こして面倒を見させておいた。


「おまえの部屋に運びたかったんだけど、鍵があけられなくてな」


「わたくしの部屋の鍵は、ファリーナに預けておりました」


「あ、そうなんだ」


 じゃ、大家さんに頼んで合鍵をもらってくるしかない。少しして、ミレイユの顔色が変わる。ファリーナのことを思いだしたらしい。


「とりあえず、これでも」


 ヒジリがコップを持ってきた。


「はちみつレモンだけど」


「ありがとうございます」


 ミレイユがヒジリからコップを受けとり、はちみつレモンを一口飲んだ。手が震えている。


「質問、いいか?」


 俺はミレイユに訊いてみた。ミレイユがこっちをむく。


「なんでしょうか?」


「もしファリーナが死んだら、おまえにわかるのか?」


 相当きついことを訊いたな、とは俺も思ったが、これは言うしかないことだった。ミレイユがうつむく。


「わかるはずです。わたくしのつくった使い魔ですから。いまは、まだ、生きております」


「そうか」


 上半身だけにぶった斬られても生きてるとは。こりゃ、腕力はともかく、生命力はヒジリのオートマトンよりも高そうだな。考える俺の前で、ミレイユがうなだれた。


「ですが、核を割られてしまったら」


「ふうん」


 そういうもんがあるらしい。ミレイユが俺のほうをむいた。


「あの方は、なぜ、あのような行動をとるのでしょうか」


「世のなか、そういうもんなんだよ」


 俺はミレイユから目を逸らさずに言った。紫色の済んだ瞳が、悲しそうに俺を見つめている。


「不自由しないで生きてきたお姫様にはわからないかもしれないけどな。ただ、魔王族ってだけで狙われる危険は生まれるんだ。自分が要人だってことを忘れないでおくべきだった」


「もちろん、忘れたつもりはありませんでした。ただ、まさか、ファリーナが誘拐されるなんて」


「目的のためには手段を選ばないって言葉がある」


 俺だって宮古を人質にとられたし。ミレイユが、ふと気がついたように部屋のなかを見まわした。


「宮古さんは?」


「おまえが寝てる間に、家まで送った。宮古の家は家族そろって竜人族だし、問題はないだろう」


「そうでしたか」


 ミレイユが短く言い、俺から目を逸らした。


「わたくしは、自分で自分の身を守れると思っておりました。簡単な結界術なら存じておりましたので。ですが、考えが甘かったようです」


「ま、ぶっちゃけその通りだと思うぜ。ただ、俺も甘かったよ。まさか、悪意ある遺物が黒幕とは想像してなかったからな。それに、あの感じだと、純粋な魔王族ではない、混血だからこその強さがある」


 いったん言葉を区切り、俺はミレイユを見据えた。


「ミレイユが魔界にいたとき、あのレベルの使い手はいたか?」


「それは――」


 ミレイユが俺のほうをむき、少し考えるような表情をした。


「わかりません。わたくしの周囲にいたものは、魔王族に仕える騎士ではなく、魔族のメイドばかりでしたので」


「あ、そうか」


 これは俺も反省した。こういうとき、ミレイユの経験は役に立たない。ま、想像でなんとかするしかないだろう。


「ライガーとか、タイゴンという言葉がある」


 俺はミレイユに説明した。


「雄のライオンと雌のタイガーとか、その逆に、雌のライオンと雄のタイガーの混血なんだけどな。これが、ものによっては全長五メートルを超えるそうだ。純血種よりもはるかに巨大で力も強くなる」


 俺は、ミレイユの寝ていた布団のそばに転がっている剣も指さした。


「あれだってオリハルコンをベースにした極超過硬合金で、簡単に言えば混ざりものだ。純度が高ければいいってもんじゃない」


 少しだけ、俺はここで黙った。ミレイユも黙っている。


「セイラも、おそらくは、そのパターンだと思っていいはずだ。ブラッディハウリングは六大魔王のなかでも下位だったからな。ひょっとしたら、品種改良が目的だったのかもしれない」


「では――」


 ミレイユが顔をあげた。


「では、それほどの力を持ちながら、なぜ、あの方は、わたくしの血肉を奪おうなどとするのでしょうか」


「世のなかには、力よりも名誉を重んじる連中がいるんだよ。そういう意味では、おまえも似たような趣向のはずだ。魔界にもいるんじゃないか?」


「それは――」


 何か言いかけ、ミレイユが黙った。思いあたる節があったんだろう。そのまま、ミレイユがおとなしくなる。


 ――どれくらい経っただろうか。ミレイユが顔をあげた。


「一生のお願いがあります。どうか、ファリーナを救いだしてください」


 俺はうなずいた。


「ただ、それなりの報酬は払ってもらうぞ」


 俺の言葉に、ミレイユがうなだれた。


「はい。わたくしの国に戻れば、ある程度の黄金ならば、黒魔術で精製も可能ですので。少しは時間もかかりますが」


「俺じゃない。宮古に払ってもらう」


 これは予想外だったのか、ミレイユが不思議そうに顔をあげた。


「あの、以前、『レギオン』の仕事でなければ、動かないとおっしゃっていたと記憶しておりますが。それに、借金も」


「そのとおりだよ。俺が『レギオン』に任された仕事はミレイユの護衛だけだ。ただ、ファリーナを救出に行く間、それはできなくなる。その護衛を宮古に頼め」


「――それでよろしいのですか?」


「同じ学校の、同じクラスの転校生が困ってるんだ。同級生なら、それを助けるのが筋だろう。これは仕事じゃない」


 言い、俺はミレイユを見据えた。


「俺のひい爺さんはアメシストアイズを滅ぼした。それを知っていながら、おまえは俺を恨もうともせず、仲良くしようと言ってくれた。打算抜きの友達の願いなら、俺は助ける」


 ミレイユが、少しだけ、俺を無言でながめた。


「ありがとうございます。もし、気がむいたなら、本当に、ぜひともわたくしの国へきてください。できれば、わたくしの騎士として」


 俺は苦笑した。


「わかったよ。気がむいたら、な」


 そして、生きて帰ってこれたなら。


「それから、今日は、この部屋で寝ろ」


「え!?」


 俺が言ったら、ミレイユが真っ赤になった。


「そ、そそそそんな! わたくしは、確かに霧島さんを騎士にしたいとは思いましたが」


「そうじゃない。鍵がないんだから自分の部屋に入れないだろうが。泊めてやるって言ってるんだ」


「あ、そういうことでしたか」


 勘違いに気づいたミレイユが赤い顔のままうつむいた。


「そ、その、いまのは、決して、わたくしが変な期待をしていた訳ではなくて」


「わかってるから安心しろ」

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