第五章 異形混血・その6
「てめえは!」
以前やりあった指弾術のドゾである! セイラが俺の前から突然消滅したのは、こいつの高速移動が原因か。俺が剣を構え直して駆け寄るよりも早く、セイラがミレイユに小剣を振りかぶった。同時にドゾが俺のほうをむく。
「おまえは寝ていろ」
ドゾが言うと同時に、俺に右手をむけた。指弾術!! くそ、剣を構えなおしてピッチャー返しで、それをセイラにぶつける手か。反射で考えながらドゾへ間を詰めようとした俺の全身に、いきなり異常な衝撃が駆けた。横むきに跳ね飛ばされる。
「何が――」
訳がわからずに起きあがった俺の視線の先に、赤い服を着た女が立っていた。トリナだ! やっぱりセイラが殺したのは芝居だったか。ヤバい! トリナの衝撃波を食らい、俺は五メートルも跳ね飛ばされていた。セイラがミレイユに斬りかかる。ミレイユの全身を覆っていた紫の光が一瞬で破壊された。駄目だ。間に合わない――!!
「ミレイユ姫様に何をする!」
同時に甲高い声が響き、セイラへむかって飛びかかった影があった。ファリーナだ! セイラが無言で小剣を振るう。袈裟がけに斬られ、ファリーナが倒れ伏した。ただ、それでもファリーナが起きあがる。傷口から鮮血を吹きあげるでもなく、お構いなしでファリーナがセイラに飛びかかった。
「これだから古流の使い魔は」
セイラの声と同時に、ファリーナの身体が両断された。ミレイユが悲鳴をあげる。
「ファリーナ!」
「どけおらあ!」
俺は剣を振りかぶりながらドゾへ駆けた。同時に視界の隅でトリナが両手を広げる。あっちを先にやらないと駄目か? 俺が考えるより早く、トリナの背後に宮古が駆け寄った。トリナが気配に気づいて振り返るより早く、宮古の口から紅蓮の炎が吹きあがる。
「霧島くんの邪魔はさせないんだから!!」
ドラゴンブレスを吐きながらしゃべるんだから器用なものだ。トリナが劫火に包まれて消滅する。魔界で鋭気を養ったらすぐ戻ってくるんだろうが、ただの時間稼ぎでもありがたい。俺はドゾへ突っ込んだ。放たれた指弾を関係ない方向へ跳ね返し――ピッチャー返しをする余裕なんかなかった――ドゾへ蹴りを入れて倒してセイラに剣をむける。
同時にセイラがすごい勢いで俺から離れた。
「本当に、想像以上のソードファイターね。トリナの衝撃波を受けたのに平然と行動できるなんて」
「言っただろ。念気功ってのがある」
チャンバラを振りまわすだけで妖魔退治なんてできるはずがない。俺はセイラから目を逸らさず、背後に剣を振った。甲高い金属音が響いて、ドゾの指弾が跳ね返る。肉体強化と空間把握。最低でも、この程度のことができなくちゃ話にならなかった。
ただし。
「ファリーナを返して!」
ミレイユが叫び、俺の横をすり抜けてセイラへ駆け寄ろうとした。あわててその腕をとる。
「馬鹿、殺されたいのか」
「ですが、ファリーナが!」
「余計な動きをしたら、この使い魔は滅びるわよ」
セイラが小剣を構えながら言う。そのセイラが左手に抱きかかえているのは、ファリーナの上半身だった。袈裟がけに斬られたあげくに胸の位置で両断され、それでもファリーナは意識を失っていなかった。ミレイユにむかって、パクパクと口を動かしている。横隔膜の上からぶった斬られてるから空気を吐きだせないんだろう。使い魔でも体構造は人間と変わらないらしい。
「お願いです! ファリーナを返してください!!」
ミレイユの声は悲しみに満ちていた。そういえば、古来の使い魔とは、自分の魂を削って、そこからつくりだした、自分の一部だと聞いたことがある。ファリーナは古流の使い魔だと言っていたからな。ミレイユにとっては家族も同然なんだろう。妹だとか言っていたような気もするし。
セイラが、ファリーナを手放すでもなく、小剣を構えながら後ずさった。
「今日のところは、ここで退散するわ。でも、あきらめたわけではないから」
「お願いです! ファリーナを!!」
「これは保険よ。あなたがどこにも逃げないようにね」
言い、セイラがちらっと視線を変えた。その先に宮古がいる。ちゃんと周囲の状況を見ているらしいな。こりゃ、不意打ちでなんとかするってのは不可能だ。
「ドゾ、行くわよ」
「わかりました。セイラ姫様」
俺の背後でドゾが言い、悠々と俺の横をすり抜けて、セイラの前まで歩いて行った。
「もう間もなくですな。セイラ姫様が、本来あるべき魔王族の器を手にできるのは」
「油断は禁物よ」
セイラが言い、もう一度、セイラが俺のほうをむいた。
「あのソードファイターは邪魔ね。ミレイユの血肉を食らう前に、まずは、あのソードファイターをたおさなければ。不安要素を残しておくわけにはいかないわ」
「わかりました。では、あのものは、後日、あらためて、我々の手で」
ドゾが頭をさげた。すぐに頭をあげ、俺を見る。
「では、またな」
言うと同時に、セイラとドゾの姿が消えた。残るのは、俺と宮古とである。
「敵である魔族が、『レギオン』に所属していたなんて」
宮古がつぶやいた。
「俺も驚いたよ」
言い、俺はミレイユの腕から手を離した。
「ファリーナ」
ミレイユが言い、俺のほうをむいた。
蒼白で、泣きそうな顔をしていた。
「霧島さん、あの、ファリーナが。わたくしの使い魔が」
「わかってる。あれは俺も誤算だった。とりあえず、アパートに戻るぞ」
言ってから、俺はミレイユの肩に手をかけた。べつにいやらしい意味じゃない。貧血でも起こしたのか、ミレイユが気絶したみたいな状態で倒れこんできたのである。
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