第五章 異形混血・その5

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「なるほどな。読めてきた」


 俺は剣先をセイラにむけた。


「あのとき、おまえは人間界にきたミレイユに襲いかかろうとしていた。それを俺に邪魔されて、まずは俺を片付けようと考えたんだな。それでブラッディハウリングの下僕だったドゾを脅しつけるかして、俺にさしむけた。それでもうまく行かなかったから、今度はトリナを使って嘘っぱちの殺し合いを演じたんだろう。正面から喧嘩をするより、魔族と敵対するソードファイターとして俺に近づき、仲間だって顔をしていれば、後ろから斬りかかるなり、食いものに何か混ぜるなり、ずっと楽な方法で始末できる。トリナも人質をとってたしな。それに、もし俺が援助要請を飲めば、どうしたって俺とミレイユの距離は遠のく。そうすれば、隙を見て、ドゾやトリナに命じてミレイユを拉致するのも難しくはない――」


 真紅のヘルハウンドが、あらためて、セイラの姿に戻っていった。ヘルハウンドの姿で俺とやりあうと、かえって不利になると判断したらしい。それにしても、魔王族の命令を聞かない下級魔族の、しかも赤いヘルハウンドなんて、おかしいとは思っていたんだが。もっと突っ込んで考えておけばよかったか。


 俺は、最初からラスボスと対峙していたのだ。


「どこまであたった?」


 俺と同様、セイラが小剣を俺にむけた。


「ドゾとトリナは、私に心からの忠誠を誓った、数少ない本物の臣下だったわ」


「へえ」


「それ以上は、特にこたえる必要もないわね」


「ふうん。ま、いいさ。いまの変貌を見れば、それほど間違いじゃなかったってのは想像できるし」


 俺は剣を構えなおした。


「すると、アメリカ本部からきたソードファイターっていうのは」


「それも私。正真正銘、正式に登録しているわ。私は『レギオン』のソードファイターでもあるのよ」


「へえ」


 俺はうなずいた。なるほどな。やっぱり素性を偽って、『レギオン』に潜りこんでいたわけか。魔族を追う振りをしていながら、自作自演をしていたとは。


「こういうのって、茶番劇って言ったかな」


「私が魔王族の血肉を奪えば、誰もそんな口を利けなくなるわ」


「そのようなことをされなくても、わたくしの国へきてくだされば」


 俺の背後でミレイユがいらんことを言いだした。


「セイラさんの境遇はわかりました。ただ、そういうことでしたら、普通に話していただければ、わたくしの城で、それなりの立場を」


「黙れえ!」


 セイラが絶叫すると同時に剣を振った。届くはずのない小剣の先から紅蓮の魔力が飛ぶ。こういうこともできるのか!? あわてて俺は剣を振った。俺の横をすり抜け、ミレイユに刺さりかけた魔力が派手な音を立てて天空へはじき飛ばされた。


 相変わらず、セイラは憎悪の視線をミレイユにむけていた。


「そんな嘲笑の目で私を見るな」


「そんな、嘲笑など、私は――」


「おまえの話など聞きたくない!」


 ミレイユの言葉をさえぎり、セイラが俺に目をむけた。


「私の魔力をはじき返すとは、その剣、ただの武器ではないな。オリハルコン合金とは聞いていたが、なんという聖遺物だ?」


「聖遺物じゃねえよ。『レギオン』日本支部の戦闘カリキュラムに、念気功ってのがある」


 俺の返事にセイラが眉をひそめた。


「何よそれ?」


 やっぱり知らないらしい。そういえば、ミレイユも不思議そうにしてたし。俺はため息をついた。


「アメリカ本部は魔力重視だから、あんまりメジャーじゃないみたいだけどな。昔とは違って、いまのソードファイターは――すくなくとも日本支部の連中は、ただの剣でも魔族を滅ぼせるんだ。覚えておきな」


「――そうか」


 悔しそうにセイラがうなずいた。


「わかったわ。昔とは違うのね。あなたたちは、魔力に魔力で対抗するのではなく、魔力に対抗できる、人間ならではの技術を開発したわけか。――知らなかったわ。遅れをとっていたのは魔界の側だったなんて」


 俺を睨みながら、セイラが呼吸のリズムを変えた。その身体に魔力が満ちはじめる。さっきとは比べ物にならないレベルだ。仕方がないから、もう一度、俺も念気功を意識する。


「せいやあ!」


 気合いと同時に俺は剣を振った。セイラが無言で小剣から魔力を飛ばした直後である。ドゾの指弾術のときに見せたピッチャー返しと同様、俺の剣が飛来する魔力を跳ね返す。それがセイラの胸元に刺さる瞬間、その魔力が消えた。


 セイラが俺に笑みをむけた。


「私の放った魔力が、私自身に通用すると思っているの?」


 と言いかけたセイラの表情が変わった。セイラの魔力を跳ね返したのと同時に、俺が一気に間を詰めていたのである。峰打ちに構えて振りかぶったのだから我ながら親切だ。鎖骨くらいは折れてもらわないと話にならないが。


「せいやあ!」


 またもや気合いを発し、俺はセイラに斬りかかった。


 俺の目の前からセイラが消えたのは、その瞬間だった。思いっきりスカを食らった反動で転げかけたが、なんとか体勢を建て直す。あわてて背後を見ると、ミレイユの前に、セイラと、黒い服を着た男がいた。


「先日の礼をしにきたぞ」


 黒い服を着た男が静かに俺をにらみつけていた。

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