第五章 異形混血・その4

「六大魔王のひとり、ブラッディハウリングか」


「それは私の父親の名前よ」


 俺の独り言にセイラが返した。それから眉をひそめる。


「そこまでは読めていなかったようね」


「あたりまえだ」


 六大魔王のうち、第二次異世界大戦でも滅びなかったものがいる。六大魔王の頂点に立ち、戯れの暴君とまで言われたゴールデンホーンと、もうひとり、下位にいながら組織立った命令を聞かず、異端の跳梁者と呼ばれたブラッディハウリング。まさか、その血筋だったとは。


「その割には、私を信用していなかったようね。それでいて、信用したふりをして、ミレイユに接触させるなんて」


 セイラが真紅の瞳をミレイユにむけた。


「まさか、アメシストアイズの子孫に心を読む力があるとはね。まんまとやられたわ」


「その方は、ブラッディハウリングと下級魔族との間に生まれたのです」


 俺の背後でミレイユが言った。セイラが歯軋りする。


「そして、その生まれのおかげで、魔王族でありながら、周囲の魔族から嘲笑を受けてきたのです」


「言うな」


「そのため、魔王族の古流の儀式で、わたくしを襲い、純粋な魔王族の力を得ようとしていたのです」


「言うなあ!!」


 セイラが絶叫した。俺にむかって――いや、俺の背後にいるミレイユにむかって駆け寄る。縮地法は使っていなかった。怒りと恥辱が訓練の動きを忘れさせたらしい。ただ突っこむだけの女なんか怖くはなかった。間合いに入った瞬間、俺も剣を振る。反射で受けたセイラが力負けし、あらためて背後に跳ね飛ばされた。


「ええそうよ。私は魔王族と下級魔族の混血よ」


 跳ね飛ばされたが、倒れることもなく、セイラが剣を構えた。


「魔王族の、悪意ある遺物か」


 俺はつぶやいた。声に憐みの感情がこもってなければいいんだが。


 第一次、 第二次異世界大戦時の、悪意ある遺物。――そう呼ばれているものが、世界には存在する。種族や階級を越えた愛で、あるいは戯れ事で、もしくは、本当に、ただの悪意で生まれた、祝福されぬ混血。


 セイラは、そのひとりだったのだ。


「私がどんな思いをしてきたのか、あなたにはわからないでしょうね」


 セイラが俺にむかって吐き捨てた。いや、俺ではない。俺の背後にいるミレイユにむかってだ。


「ブラッディハウリングに仕えていた、すべての魔族は私にも頭をさげたわ。でも、顔を隠して、皆が笑っていた。私の魔力を見ても、私の剣技を見ても。結局は、最下層の、低俗な魔族の血統だ。魔王族の威厳はないって。ブラッディハウリングの跡を継げる器ではない。そもそもの素質が違うって」


 セイラの構える小剣は震えていた。いまはここにいない、自分を笑った上級魔族への憎しみが心を支配しているのか。


「嘲笑を受けながらも、私はブラッディハウリングの魔王城で調べたわ。そこで古流の儀式を知ったのよ。ただの魔族でも、魔王族になれる方法をね。簡単だったわ。生命の源となる血肉を奪い、食らえば、私は純粋な魔王族と同等の力を得られる」


「――なっ」


 セイラの言葉に、ミレイユがひきつった声をあげた。


「まさか、あなた、わたくしを」


「なるほどな。そういう技術は人間界にもある。中国で、同種同食って呼んでる奴だ」


 肝臓が弱い人間は肝臓を食えって理屈である。それに、ミレイユを狙ったのはいい判断だった。ほかの魔王族とは違い、ミレイユは闘い方を知らない。とって食うのも難しくないだろう。


 俺の言葉に、セイラが嘲笑した。


「典型的な勘違いね。医食同源や同種同食は日本人のつくった言葉だそうよ」


「そりゃ知らなかったな。失礼した」


 イラッとくる言葉だったが、そんなものは悟られたくない。軽口で返してやったが、同時に俺は妙なことに気づいた。セイラの髪が真紅に変化している。それだけならいいが、それだけじゃなかった。セイラの全身が異様な速度で形を変えている。紅蓮に燃える獣毛が身体中を覆いはじめた、


「GRRRR――」


 うなり声をあげる姿は、すでに人間のものではなくなっていた。


「ああ、あのときの」


 俺は小さくつぶやいた。


 セイラは、俺がミレイユと会ったときに居合わせた、あの巨大な真紅のヘルハウンドへと、異形の変貌を遂げていたのである。

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