第五章 異形混血・その3
2
その日の夜、俺は宮古とミレイユとファリーナをつれて、学校まできていた。ヒジリのオートマトンはつれてきていない。俺の右手の中指にはまっているだけだった。校舎と校庭に人の気配はない。土曜の夜七時だからな。部活で残っている連中も帰ったんだろう。校門を勝手にあけて、俺は校庭まで行った。
「何があるのでしょう?」
俺の横を歩きながらミレイユが訊いてきた。そういえば、言わなくちゃならないことを言ってなかったっけ。
「はじめて会ったとき、俺の心を読んだよな?」
「あ、あの件ですか?」
ミレイユが、いまさら何を言いだすんだって顔をした。
「あれは、もう二度としないから、安心してください」
「いや、今日は逆だ。やってほしいんだけど。できるか?」
「え?」
俺の質問が予想外だったのか、ミレイユが不思議そうにした。
「まあ、できないことはないですが」
「あ、いまは勘弁してくれ。やらなくていい。それから質問。たとえば、握手をしたら、深く心を読めるか?」
「はい。接触していれば、ずっと楽に心は読めます」
「そりゃよかった」
「あ、そういえば、前に言ってたね。ミレイユさんの読心術とか精神感応とか」
安心する俺に宮古が訊いてきた。相変わらず、俺に腕をからめている。
「霧島くん、ミレイユさんに心を読まれたことがあるの?」
「ま、ちょっとあってな。俺が魔王族のことを差別的に言ったらやりかえされたんだよ」
「あ、そうか」
宮古が、ミレイユのほうをちらっと見た。
「ミレイユさんみたいな、お姫様みたいな魔王族も、いまはいるもんね。確かに差別はいけないよね」
「そうだな。第二次異世界大戦のころは無茶苦茶な魔王族が大暴れしてたけど、もう過去の話だって考えておいた方がいいだろう」
問題は、そいつらの残していった、悪意ある遺物である。ま、あんまり考えないようにしながら、俺は校庭の真ん中まで行った。
そこにセイラが立っている。想像どおり、小剣を持っていた。
「こんばんは」
俺はセイラに声をかけた。
「こんばんは」
セイラも声をかけてきた。小剣を左手に持ち替えながら近づいてくる。俺と宮古のほうをちらっと見て、それからミレイユに顔をむけた。
「はじめまして。あなたが、ここにきたっていう魔王族なの?」
「ミレイユ・倖田と言います。はじめまして」
ミレイユが笑顔で言い、軽く会釈した。
「ミレイユは、六大魔王のひとり、アメシストアイズの子孫なんだ。『レギオン』の仕事で、俺が護衛をすることになってる。それから、こっちの小さい娘は、ミレイユの使い魔のファリーナだ」
俺がセイラに説明した。
「で、こっちはセイラ・ドーソンだ。『レギオン』アメリカ本部からきたソードファイターだよ。休戦協定を無視した危険分子の魔族が日本にきてるから、それを追ってきたそうだ。で、俺に援助要請をしてきる」
「そうだったのですか」
「あとは、みんな、面識があるよな?」
俺は全員の顔を見ながら確認した。ここにいる全員が俺を見ながらうなずくのを確認し、俺も笑顔を返す。右手の指輪を軽く左手でなでてから、ミレイユとセイラの肩に手をかけた。
「じゃ、知り合ったもの同士、仲良く握手と行こうか」
「「は?」」
ミレイユとセイラがふたりして俺を見る。
「なんだよ? 変なことは言ってないだろ。アメリカじゃ、あいさつで握手をするもんだ」
「――まあ、そういうことでしたら、わたくしはかまいませんが」
「私も、べつに、いやってわけじゃないし」
ミレイユもセイラも同意し、ふたりがむきあった。お互いが右手をだす。
「これから、仲良くしましょう」
「こちらこそ」
ミレイユとセイラが握手をした。――瞬間に表情を変えたのはミレイユだった。
「あなたは! あのときの!!」
セイラの手を振り払いながらミレイユが叫ぶ。同時にセイラの目つきが豹変した。いや、それだけじゃない。瞳の色も、気配さえも。
「ちい!」
舌打ちと同時にセイラが小剣に右手をかけた。神速の動きで抜刀し、ミレイユにむける。俺の右手に剣が宿り、ミレイユの全身から紫の光があふれたのはその直後だった。
高校野球の金属バットで硬球をかっ飛ばすような甲高い音が響き、セイラが後方に後ずさった。ヒジリの召喚した剣が、間一髪でセイラの小剣を跳ね返したのである。剣を構えながら、ちらっと背後を確認すると、ミレイユは紫色の光に覆われていた。
「ひょっとして、これって、魔王式の結界なの?」
これは宮古の言葉だった。なるほどな。自分で自分の身は守れるとミレイユが言っていたが、嘘ではなかったらしい。
「その程度の結界? 大したことはなさそうね」
これはセイラの台詞である。前言撤回。ミレイユは魔王族だが、何しろお姫様だからな。ゲームで言ったらレベル1だ。極限まで修練を積んだ上級魔族に追い越されることもある。
あるいは、魔王族と人間の混血に。もしくは、魔王族と魔族との。
「いつから気づいていたの?」
小剣を構えながらセイラが訊いた。
「確信を持ったのは、試合のあと、おまえがトリナの名前を言ったときだ」
俺も剣を構えたまま返事をした。
「休戦協定を守らない危険分子の魔族と遭うときは、俺たちが死ぬときか、相手を殺すとき。では、どこでトリナの名前を知った? それともうひとつ。おまえはミレイユを見て、すぐに留学してきた魔王族だと断定した。もうひとり、ファリーナもいるのにだ。いくらファリーナがメイド服の少女だからって、変装の可能性もあるし、一応の確認くらいはするだろう。それをしないところから判断するに、おまえは以前からミレイユの顔を知っていたことになる」
「――そうか。うかつだったわね」
短く言い、セイラがうなり声をあげた。もう『レギオン』のソードファイターという仮面は脱ぎ捨てている。真紅に燃える瞳と、その口元からのぞく牙。
「まさか、ブラッディハウリング――」
ミレイユが茫然とつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます