第五章 異形混血・その3

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 その日の夜、俺は宮古とミレイユとファリーナをつれて、学校まできていた。ヒジリのオートマトンはつれてきていない。俺の右手の中指にはまっているだけだった。校舎と校庭に人の気配はない。土曜の夜七時だからな。部活で残っている連中も帰ったんだろう。校門を勝手にあけて、俺は校庭まで行った。


「何があるのでしょう?」


 俺の横を歩きながらミレイユが訊いてきた。そういえば、言わなくちゃならないことを言ってなかったっけ。


「はじめて会ったとき、俺の心を読んだよな?」


「あ、あの件ですか?」


 ミレイユが、いまさら何を言いだすんだって顔をした。


「あれは、もう二度としないから、安心してください」


「いや、今日は逆だ。やってほしいんだけど。できるか?」


「え?」


 俺の質問が予想外だったのか、ミレイユが不思議そうにした。


「まあ、できないことはないですが」


「あ、いまは勘弁してくれ。やらなくていい。それから質問。たとえば、握手をしたら、深く心を読めるか?」


「はい。接触していれば、ずっと楽に心は読めます」


「そりゃよかった」


「あ、そういえば、前に言ってたね。ミレイユさんの読心術とか精神感応とか」


 安心する俺に宮古が訊いてきた。相変わらず、俺に腕をからめている。


「霧島くん、ミレイユさんに心を読まれたことがあるの?」


「ま、ちょっとあってな。俺が魔王族のことを差別的に言ったらやりかえされたんだよ」


「あ、そうか」


 宮古が、ミレイユのほうをちらっと見た。


「ミレイユさんみたいな、お姫様みたいな魔王族も、いまはいるもんね。確かに差別はいけないよね」


「そうだな。第二次異世界大戦のころは無茶苦茶な魔王族が大暴れしてたけど、もう過去の話だって考えておいた方がいいだろう」


 問題は、そいつらの残していった、悪意ある遺物である。ま、あんまり考えないようにしながら、俺は校庭の真ん中まで行った。


 そこにセイラが立っている。想像どおり、小剣を持っていた。


「こんばんは」


 俺はセイラに声をかけた。


「こんばんは」


 セイラも声をかけてきた。小剣を左手に持ち替えながら近づいてくる。俺と宮古のほうをちらっと見て、それからミレイユに顔をむけた。


「はじめまして。あなたが、ここにきたっていう魔王族なの?」


「ミレイユ・倖田と言います。はじめまして」


 ミレイユが笑顔で言い、軽く会釈した。


「ミレイユは、六大魔王のひとり、アメシストアイズの子孫なんだ。『レギオン』の仕事で、俺が護衛をすることになってる。それから、こっちの小さい娘は、ミレイユの使い魔のファリーナだ」


 俺がセイラに説明した。


「で、こっちはセイラ・ドーソンだ。『レギオン』アメリカ本部からきたソードファイターだよ。休戦協定を無視した危険分子の魔族が日本にきてるから、それを追ってきたそうだ。で、俺に援助要請をしてきる」


「そうだったのですか」


「あとは、みんな、面識があるよな?」


 俺は全員の顔を見ながら確認した。ここにいる全員が俺を見ながらうなずくのを確認し、俺も笑顔を返す。右手の指輪を軽く左手でなでてから、ミレイユとセイラの肩に手をかけた。


「じゃ、知り合ったもの同士、仲良く握手と行こうか」


「「は?」」


 ミレイユとセイラがふたりして俺を見る。


「なんだよ? 変なことは言ってないだろ。アメリカじゃ、あいさつで握手をするもんだ」


「――まあ、そういうことでしたら、わたくしはかまいませんが」


「私も、べつに、いやってわけじゃないし」


 ミレイユもセイラも同意し、ふたりがむきあった。お互いが右手をだす。


「これから、仲良くしましょう」


「こちらこそ」


 ミレイユとセイラが握手をした。――瞬間に表情を変えたのはミレイユだった。


「あなたは! あのときの!!」


 セイラの手を振り払いながらミレイユが叫ぶ。同時にセイラの目つきが豹変した。いや、それだけじゃない。瞳の色も、気配さえも。


「ちい!」


 舌打ちと同時にセイラが小剣に右手をかけた。神速の動きで抜刀し、ミレイユにむける。俺の右手に剣が宿り、ミレイユの全身から紫の光があふれたのはその直後だった。


 高校野球の金属バットで硬球をかっ飛ばすような甲高い音が響き、セイラが後方に後ずさった。ヒジリの召喚した剣が、間一髪でセイラの小剣を跳ね返したのである。剣を構えながら、ちらっと背後を確認すると、ミレイユは紫色の光に覆われていた。


「ひょっとして、これって、魔王式の結界なの?」


 これは宮古の言葉だった。なるほどな。自分で自分の身は守れるとミレイユが言っていたが、嘘ではなかったらしい。


「その程度の結界? 大したことはなさそうね」


 これはセイラの台詞である。前言撤回。ミレイユは魔王族だが、何しろお姫様だからな。ゲームで言ったらレベル1だ。極限まで修練を積んだ上級魔族に追い越されることもある。


 あるいは、魔王族と人間の混血に。もしくは、魔王族と魔族との。


「いつから気づいていたの?」


 小剣を構えながらセイラが訊いた。


「確信を持ったのは、試合のあと、おまえがトリナの名前を言ったときだ」


 俺も剣を構えたまま返事をした。


「休戦協定を守らない危険分子の魔族と遭うときは、俺たちが死ぬときか、相手を殺すとき。では、どこでトリナの名前を知った? それともうひとつ。おまえはミレイユを見て、すぐに留学してきた魔王族だと断定した。もうひとり、ファリーナもいるのにだ。いくらファリーナがメイド服の少女だからって、変装の可能性もあるし、一応の確認くらいはするだろう。それをしないところから判断するに、おまえは以前からミレイユの顔を知っていたことになる」


「――そうか。うかつだったわね」


 短く言い、セイラがうなり声をあげた。もう『レギオン』のソードファイターという仮面は脱ぎ捨てている。真紅に燃える瞳と、その口元からのぞく牙。


「まさか、ブラッディハウリング――」


 ミレイユが茫然とつぶやいた。

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