第五章 異形混血・その2

「あのね、霧島くん、言っていい?」


 商店街を歩きながら、俺と腕を組んだ宮古が訊いてきた。


「なんだ?」


「あのさ、あのセイラさんって女の人のこと、霧島くんは信用してなかったっぽいんだけど?」


 あ、見抜かれてたのか。女の勘はすごいな。


「あの人、『レギオン』のアメリカ本部なんでしょ? どうして?」


「えーとだな」


 俺は背後を見た。とりあえず、セイラの姿も気配もない。言っても大丈夫だろう。


「ま、百パーセント疑うってのも問題だとは思うけどな。知ってるか? アメリカってところは戸籍が存在しないそうだ。どういう経緯で『レギオン』のアメリカ本部に所属したのか、それがわからない以上、身内ってだけで無条件に信用することもできないだろ」


「ふうん」


 俺の返事に、宮古が少し考えた。


「霧島くんって、変なところで疑り深いんだね。ミレイユさんのことは魔王族なのに、少しも疑わないのに」


「普通の人間が自分のことを魔王族だなんて言うはずがないからな。逆に、魔王族が『レギオン』に所属した話は過去に実例がある」


「え、そうなの?」


「正確には、魔王族と人間の混血が、だけどな」


 俺はスマホをだした。


「霧島くん、歩きながらのスマホはあぶないよ」


「お、そうだったな」


 俺はスマホをしまった。そのまま歩く。


「ね、霧島くん、このあと、どうする?」


「アパートに戻る。散歩はこれで終了だ」


 おもしろいトレーニングもやったし。休みの練習としては十分だろう。


 アパートに戻ると、ミレイユの部屋の前で、相変わらずファリーナが掃き掃除をしていた。俺を見て、軽く会釈をする。すぐに背をむけてミレイユの部屋に入っていった。


「さてと」


 俺は自分の部屋にあがりこんで、あらためてスマホをだした。もちろん宮古も俺の正面に座っている。俺はメール文を打ちこんだ。ただ、まだ送信はしていない。


「あ、そうだ。宮古、今日の夜、暇か?」


 メールを送信する前に一応の確認をしたら、宮古がうれしそうにした。


「霧島くんが言うなら、あたし、ずっと暇だよ? え? あの、本当にしちゃうの? あたし、はじめてだから、その、優しくね。それから、まずは、ちゃんと告白に答えてくれてからじゃないと」


「そんなんじゃねえよ。とりあえず、話はわかったから。暇なんだな?」


 俺は立ちあがった。部屋をでて、隣の部屋のドアをノックする。


 すぐにドアが開いて、ファリーナが顔をだした。


「なんでしょうか?」


「ミレイユに話があるんだけど」


「少々お待ちを」


 とファリーナが言うより早く、ファリーナの後ろにミレイユが立った。さすがにナイティではなくてワンピースである。俺を見て、ニコッと笑いかけてきた。花もほころぶっていうのは、こういうことじゃないかな、なんて、俺はちらっと思った。


「ちょっと質問。今日の調子はいいか? 特に魔力関係」


「は?」


 ミレイユが、少し考えた。


「ええ、とても順調ですけれど?」


 俺の真意がわからないまま、ミレイユがうなずいた。


「わたくしのような魔王族は、身体の内に魔界との門がありますから。ほかの魔族とは違い、常に魔界からの魔力が供給されますので」


「あ、そのへんの理屈は知ってるからいい。とりあえず、調子はいいんだな? そりゃよかった。で、今日の夜はあいてるか?」


「はい」


 ミレイユが、少し赤い顔をした。


「あの、ひょっとして、本日も食事会を?」


「あー、そうじゃない。ちょっと、夜に用があってな。時間がきたら、また声をかけるから。それじゃ」


「は? ――はい、わかりました。では、ごきげんよう」


 不思議そうな顔でミレイユがうなずいた。ふと気がつくと、ファリーナがおっかない目で俺を見あげている。


「ミレイユ姫様の心をどれだけ踏みにじれば気が済むの?」


「俺は何もやってないだろうが」


「ファリーナ、いいのです。言うべき時期がきたら、わたくしから言いますから」


「ミレイユ姫様、それでは」


「昔とは時代が違うのですよ。いまは、女性から告白してもいいのです」


「じゃあな」


 なんかヤバい予感がするので、俺は背をむけた。自分の部屋に戻ると、宮古が座って待っていた。こっちはこっちで、なんだか怒ってるみたいな顔をしている。


「どうした?」


「夕食、あたしと霧島くんとミレイユさんで、みんなで食べるつもりなの? そういう食事会なの?」


「なんだそりゃ?」


「外の話、少し聞こえてたから」


「あ、そうか。いや、飯は食わないと思うぞ」


 想像だが、たぶんチャンバラをやらかすことになるはずである。その前に飯を食ったら身体が重くなるからな。


「食事もしないで、あたしとミレイユさんと、何をするの?」


「ま、いろいろとな」


 言いながら、俺はスマホのメールを送信した。相手はセイラである。べつに大した内容じゃない。ちょっと、夜に逢う約束をとりつけただけだ。さて、あとは実際に夜になるのを待つだけなんだが。


「人の気も知らないで。霧島くんなんて大っ嫌い」


 のんびり昼寝でもしようと思ってたら、不機嫌そうに宮古がそっぽをむいた。


「だったら、俺とは、もうこれっきりだな」


「え、嘘嘘! あたし、霧島くんのことが大好きだから!!」


 人生、なかなかうまく行かないものである。

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