第四章 試合・その5
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「あ、おはようございます」
俺に腕をからませたまま、宮古がセイラに挨拶した。
「昨日は、どうも」
俺も会釈した、セイラがうなずく。模様のない、白いワイシャツに、青いデニム。あまり服装に気を使わない性格らしい。俺と同じだな。
セイラが近づいてきた。
「話があるんだが、よろしいか?」
「そりゃ、俺はかまわないけど」
俺は宮古を見た。宮古が俺を見あげて――顔が近い――それからセイラを見る。
「あの、あたし、やっぱり、アパートで待ってましょうか?」
「いてくれてかまわないと言っている」
セイラが短く言い、俺の前に立った。身長は、俺よりは少しだけ低いくらいである。体格はやせ型だが、昨日の剣技を見る限り、かなりの修練を積んだと見るべきだろう。身体つきを見れば強いか弱いかわかるとよく言うが、世のなかにはこういう例外がいる。
「で、どんな御用で? 昨日の、トリナの件でしょうか?」
とりあえず、俺は敬語で訊いてみた。セイラが俺を上から下まで見る。
「その件もあるんだが、それ以前に、ちょっと確かめてみたいことがある」
「確かめるって、何を?」
オウム返しに訊いたら、セイラが少しほほえんだ。
「大したことじゃない。軽い試合をしたくて」
「へえ」
ずいぶんとおもしろいことを言うものだ。俺の口元も吊りあがっていたと思う。
「『レギオン』で、妖魔退治のシミュレーションは山ほどこなしたけどな。こういう話は俺もはじめてだ。死んだらどうすんだよ?」
俺たちがやってる妖魔退治は、猟師が熊を撃ち殺すのと同じである。猟師同士が腕試しで打ち合いの決闘をするなんてトレーニング方法はない。興味のある反面、少し不安に思いながら訊いたが、セイラの微笑は変わらなかった。
「日本の武道には、峰打ちや、寸止めという技法が存在したと聞いていたけれど」
「あ、なるほどね。剣道の試合で行こうってことか」
そういうお上品な戦い方は得意分野じゃないんだが、ま、いいとしよう。これは殺し合いじゃない。あくまでも試合――腕試しの場だ。
「で、場所はどうする?」
「君に決めてほしい。私は日本にきたばかりだ」
「そうか」
一〇分後、俺は商店街から少し離れた公園にきていた。まだ午前十時である。ありがたいことに、親子づれが遊びにきている、なんてこともない。それはいいんだが“忘却の時刻”でもない。俺の前方にエリナが立っていた。宮古が、少し離れた場所で見ている。
「あのね、霧島くん」
少し心配そうに宮古が声をかけてきた。仕方がないから、笑顔で手を振る。
「ま、何かあったら、手品とか、アクション映画のリハーサルとか、適当に言ってくれ」
「さて、はじめるか」
セイラが言うと同時に、小剣が空中にあらわれた。それをセイラがつかんで、峰打ちに構える。ヒジリとは召喚の方法が少し違うな。このへんは流派の違いか。
「ヒジリ」
俺も指輪に声をかけた。
「了解」
という返事と同時に、右手に剣の感触が宿った。それを峰打ちの形に構える。
「わー、なんにもないところから剣がでてきた。すごいイリュージョン」
思いっきり棒読みで宮古が言いながら手を叩いた。まだ目撃者はいないんだが、いいとするか。俺は構えながら、ふと疑問に思った。
「そんな短い剣でいいのか?」
「いざというときは、長い剣も使えるから」
「へえ」
俺は手加減してもらっているらしい。ま、縮地法が使えるくらいだからな。ここはお手並み拝見と行こう。峰打ちに構えたまま、俺は突っこもうとし――あわてて横っ飛びに逃げた。俺が突っ込むより早く、いつの間にか、セイラは間合いを詰めて斬りかかっていたのである!
「あぶねー!!」
「よーいどんは必要だった?」
転げるようにして距離をとった俺を追おうともせず、セイラが小さく言った。この女、アメリカ本部だと言っていたが、俺より武道家思想だな。そういえば、空手の神様から直接の教えを受けた高弟は日本ではなくて海外にいると聞いたことがある。それと同じパターンか。
「俺も本気になったよ。殺さないレベルで、だけどな」
峰打ちに構えたまま、俺は剣をセイラにむけた。あらためて、一気に突っこむ。セイラを間合いにとらえた瞬間、寸止めで額に剣を打ち降ろした。確実にとらえたと思ったんだが、セイラは俺の打ち降ろした剣の延長線上にいなかった。
ただ、動きそのものは読めた。セイラは普通に横へ移動しただけである。空手で言うサバキに近いな。俺には、それ以前の“起こり”が見えなかったのだ。
「いい勉強になるな。これが縮地法か」
俺の独り言に、セイラが笑みを浮かべた。
「私は西江水という名前で教わったわ」
「なるほどね」
ということは、柳生新陰流だな。ついでに言うと、カラクリもわかった。これは無拍子の応用、発展形である。どういう運足かは見る余裕がなかったので不明だが、とにかく事前の予備動作が皆無なら、大して速度がなくても、動きを予測することはできない。これはボクシングのジャブと半分ほど理論がかぶって、半分ほどは違う理屈だった。
だが、俺には俺のやり方がある。
「妙な構えをとるわね」
俺のとった構えを見て、セイラが眉をひそめた。
「そんな構えでは、次に何をするのか、一目瞭然よ」
「これは驚いたな」
「誰でもわかることでしょう?」
「そうじゃない。一目瞭然という言葉を知っていることに驚いたんだ」
俺は剣を峰打ちのまま、八双に構えていたのだ。あとは間合いに入って振り降ろすしか攻撃方法はない。それでも俺は突っ込んだ。全速力の突撃に、セイラが顔色を変える。小剣を防御に持っていくより早く、俺は剣を振り降ろした。
風船が割れるような、激しい破裂音が響いた。といっても、殺すレベルの本気じゃないから音は小さめである。所詮は寸止めだからな。
「このへんでやめておこうか?」
剣を寸止めにした状態で、俺はセイラに宣言した。セイラも小剣で上段を防御したまま、無言でうなずく。
このまま力任せに打ち降ろしていたら、セイラの小剣が折れていたはずだった。
「剣道なら無効でしょうけど、実際の殺し合いなら、私が負けていたわね」
セイラが言いながら小剣の構えを解いた。
「いまのは兜割りの応用?」
「真似事のようなもんだけどな。柳生を使えるのは自分だけだと思わない方がいい」
「世のなかには強い人間がいるものね」
やれやれ、という感じでセイラが両手をあげた。その手に握られていた小剣が音もなく消滅する。元の場所に送還したんだろう。俺もヒジリに目をむける。
「了解」
何も言わないのにヒジリが言い、同時に俺の右手から剣の感触が消えた。
「話には聞いていたわ。『レギオン』、日本支部のソードファイター、霧島光一」
セイラが小さくつぶやいた。
「六大魔王のひとり、アメシストアイズをたおした勇者、権俵寅吉の子孫でありながら、なぜかソードファイターとして所属。通常の三倍もの強度を誇るオリハルコン合金の長剣を振るい、その剣先の最高速度は音速を超え、『レギオン』の借金は三千万を超えるとか」
「特注で剣をつくってもらったらとんでもない出費になってな」
返事をしながら、俺はへえと思った。俺は俺で、それなりに名前を知られていたらしい。いい意味でも悪い意味でも。
「さっきの、破裂するような音は、その衝撃波だったの?」
「そんなところだ。西江水なんて高等技術は使えないけど、だったら普通の三倍の速度で動けばいい」
「なるほどね。楽しい試合だったわ」
セイラが言いながら近づいてきた。
「ひょっとして、昨日のあのとき、私が手をださなくてもトリナに勝てた?」
「俺は勝って帰るつもりだった」
「そう」
セイラがうなずいた。
「これほどの腕なら、本当に頼れるわね。実はあなたに話したいことがあったのよ」
何か、深刻な面持ちのセイラだった。
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