第四章 試合・その4

「ごっそさん」


「ごちそうさま」


 弁当を食い終わり、俺と宮古は容器を買い物袋に入れた。残りのウーロン茶を食後のお茶代わりに飲み干してから横になって目をつぶる。


「あれ、寝ちゃうの?」


「寝てねーよ。これでもトレーニングだ」


 俺は念気功を意識した。もうひとつの、まったく制御できない魔力はどうでもいい。とにかく集中する。念気功の、心眼的応用による空間把握。これを極めれば、背後からの不意打ちにも対応できる。――目をつぶっているのに、少しずつ部屋の天井が見えてきた。さすがに色は無理だが。台所でゴミをまとめた宮古が近づいてきて、俺の横に座りこむ。俺は抱き起こされた。


「なんだ?」


 と言ったときには、またもや寝かされていた。それはいいが、さっきと頭の高さが違う。目をあけたら宮古のかわいらしい笑顔がドアップだった。あと、とにかく胸がでかい。


「ななななんだ?」


「なんだって、膝枕だけど?」


「なんで膝枕するんだよ?」


「あたしがしたいから。べつにいいじゃない。いつか結婚するんだし」


「いつか結婚するって、そんな決めつけ――ななんだそれは」


「耳かきだけど?」


「なんだ耳かきか」


 俺はホッとした。なんか、変な武器を使って結婚を強要されるんじゃないかと思ってビビったのである。つか耳かきだ?


「はい、最初はこっちの耳からね。本当は、夜にしてあげようと思ってたんだけど、こんな朝からできるとは思わなかったな。さ、イチャイチャラブラブしましょうねー」


 楽しそうに言いながら宮古が俺の頭のむきを変えた。同時に俺の耳のなかへ耳かきがずぼーっと!!


「やーめーろー!!」


「あ、ごめんなさい。霧島くんって、くすぐったがりだったの?」


「そうじゃねえ。こっぱずかしいんだ。散歩に行くぞ散歩に!」


 こんなんじゃトレーニングにならねえ。俺は飛び起きてスマホをポケットに突っこんで小走りに玄関まで行った。


「あ、あたしも行くから」


 あわてた感じで宮古もついてきた。ま、これはしょうがない。部屋をでて、宮古もでたあとで鍵をかけ、俺はなんとなく、四号室に目をむけた。


 扉があいていて、ファリーナが玄関の掃き掃除をしていた。俺のほうをちらっとむく。


「おはようございます」


 一応、丁寧な調子でファリーナが頭をさげた。すぐに顔をあげる。


「朝から騒いでいると、ご近所の迷惑になりますから、お気をつけください」


「あ、すんません」


「それから、ミレイユ姫様のお気持ちも、少しは考えてくださいね」


「は?」


 言われて四号室の戸口の奥を見たら、ちょうど、ミレイユが顔をだしてきたところだった。俺と宮古を見て、なんだか複雑そうな顔をする。


「おはようさん」


「おはようございます」


「今日は、これからパーティーでもするのか?」


「は?」


「ミレイユ姫様! なんとはしたない!!」


 いきなり、血相を変えてファリーナがミレイユの前まで駆けた。あわてた調子で扉をしめる。つづいて、ブチ切れた顔でこっちをにらんできた。


「あなたもジロジロと、どういうことです!?」


「は? いや、綺麗なドレス着てるなーと思って。ちょっと露出度が高かったけど」


「あれはミレイユ姫様のナイトドレスです!!」


「ナイトドレスって、夜用のドレスだったのか?」


 それとも、騎士って意味のナイトだったのか? いやそんなはずはないだろうと思っていたら、ファリーナがあきれた顔をした。


「ナイトドレスというのはナイティのことです! 寝間着! パジャマ! ネグリジェ!」


「あ! そういうことか! わ悪かった!! いや、なんか太腿丸だしで変わったドレスだなーとは思ってたんだけど」


 あわてて俺は背をむけて、その場から退散することにした。


「あービックリした」


「あれってナイティだったんだ」


 俺の横を歩きながら、宮古も驚いた感じで言ってきた。宮古もああいうのははじめて見たらしい。


「冷静に考えたら、お姫様だもんな。そりゃ、ああいうところで、上流階級の服になったりするのも仕方がないか」


「霧島くんは、ああいう、上品な服が好き?」


「は? いや、べつにそういうことはないけど」


「そうなんだ。よかった」


 ホッとした感じで、宮古が俺の腕に自分の腕をからませてきた。


「じゃ、あたし、これからも庶民派で行くからね」


 言いながら、ぎゅーっと力を込めてくる。


「胸があたってるって言ってるだろ」


「だから庶民派で行くんだって。男の人って、こういうのが好きなんでしょ?」


「――ま、嫌いとは言わないけど。色仕掛けで俺を口説こうってのか?」


「ミレイユさんだって同じことしてたじゃない」


「は?」


「だって、ほら、ナイティで。あれで霧島くんを振りむかせようとしてたんだと思うけど」


 言われて俺は考えこんだ。あれは、たまたまじゃなくて、そういうことだったのか?


「でも、あたし、胸の大きさじゃ、ミレイユさんに負けないんだから」


 しょーもないことを宮古が言ってきた。


「霧島くん、あたしの胸に触りたい? もしあたしと付き合ってくれたら、いくらでも触っていいんだけど」


「いくらでも触っていいって、おまえなあ」


「男の人って、大きい胸が好きなんでしょ?」


「そういうのは、人によっていろいろだ。ま、俺はでかくて柔らかいのが好きだけどさ」


「あ、よかった。これ、お母さんの遺伝なんだ。中学生のころから、急に大きくなってきてね」


 言いながら、ぎゅっぎゅっぎゅーと宮古が腕に力を入れてきた。


「そのときは、周りからじろじろ見られて、すごく恥ずかしかったんだけど。でも、霧島くんに会えて、あたし、これでよかったって思ってるんだよ。だって、この胸のおかげで、霧島くんにアピールできるし。今度、プールに行こうよ。あたし、ビキニを着てくるから」


「あいにくと、休みの日は妖魔退治で忙しいんだ」


「じゃ、あたしも妖魔退治のお手伝いをするから」


「『レギオン』に所属していない奴に手伝ってもらうわけにもいかないだろ」


「あのさ。その『レギオン』からの連絡がきてるんだけど」


 と、これはヒジリの言葉だった。あわてて俺は右手の指輪を見た。


「なんだ? どこかで、また妖魔がでたのか?」


「あ、そっちじゃなくて。セイラ・ドーソンだよ。霧島に会いたいって」


「おう、そうか。――ほら、『レギオン』の話し合いがあるから。な?」


「あ、うん」


 宮古が、少し寂しそうな顔をした。ま、これで今日は終了だろう。俺はホッとなった。


「いてくれても、私はかまわないんだが?」


 ここで、予想外の声がした。声のした方向に顔をむけると、昨日、トリナの首を斬り飛ばした、セイラが立っていた。

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