第四章 試合・その2
「人間界にも竜族がいたのですね。意外でした」
とりあえず自分の部屋に行って、ヒジリのオートマトンを起動させてから部屋の中央で座ったら、同行してきたミレイユが宮古を見ながら言ってきた。珍しいものを見る目である。こういう話は魔界でもメジャーではないらしい。
「竜族なら人間界にも昔からいるぞ。ネス湖のネッシーをなんだと思ってたんだ」
俺の返事に宮古もうなずいた。ミレイユが意外そうな顔をする。
「ネス湖のネッシーはブラキオサウルスではなかったのですか?」
「ブラキオサウルスじゃなくてプレシオサウルスだよ。つか、実際はプレシオサウルスでもなかったんだけど。とりあえず、神獣保護法ってのが立ちあげられて、それで極秘裏に捕獲して、いまはエリア51の地下施設で飼育とか培養とか、そういうことをされてる。あのサイズの生物が羽ばたきもせずに空を飛ぶなんて、一般的な航空力学では説明できないから、何かに応用したいんだろう。計画に変更がなかったら、最高責任者はいまでもアガサ大佐のはずだ」
UMAだのドラゴンなんて、誰でも知っている話である。オカナガン湖のオゴポゴ、マニトバ湖のマニポゴ、ヴァン湖のジャノ、シャンプレーン湖のチャンプ、天池のチャイニーズ・ネッシー、ナウエル・ウアピ湖のナウエリート、アマゾン川のホラディラその他、こういう目撃報告は枚挙にいとまがない。
「それから、竜族だけじゃなくて、竜人族もだな。フライング・ヒューマノイドって言われたりするんだけど、昼間から浮かれて飛びまわってるところを見た人間なら大勢いる。映像もずいぶん残ってるし」
「人間界の情報操作は素晴らしいのですね。そこまで証拠が残っているのに、竜族の存在を隠蔽できるなんて」
「最近の証拠映像はCGだってことで、いくらでもごまかしが効くからな」
簡単に説明を終わらせ、俺は本題に入ることにした。
「宮古、俺、ミレイユに、騎士にならないかってスカウトされた」
「え」
簡単に言ったら、宮古が表情を変えた。ついでにミレイユも。
「霧島さん、その話は」
「秘密にしてくれって言われなかったんでな」
ミレイユに言ってから、あらためて宮古を見たら泣きそうな顔をしていた。
「安心しろ、ちゃんと断った。俺はいままでと変わらない」
つまり、これから宮古と付き合うこともないわけなんだが、それに気づいていない宮古がホッとした顔をした。
「粗茶ですが」
ヒジリのオートマトンがお茶を持ってきた。俺と宮古とミレイユだけじゃなくて、ファリーナの分もである。ミレイユの隣に座ったファリーナがヒジリに目をむける。
「おかまいなく」
ファリーナが言っても、さらにおかまいなしでヒジリがちゃぶ台にお茶を置いて、少し離れた場所に立った。
「で、断った件なんだけど。あれって、考えなおしたら、またきてくれって言ってたよな? でも、当分無理だから」
「なぜでしょうか?」
「魔界の危険分子が、あとふたりいるからだよ」
俺はヘルハウンドと、指弾術のドゾの顔を思いだした。
「ヘルハウンドのほうは、よくわからないけど、あのドゾって奴は、明らかに俺を殺しにきてた。当然、俺も自分の身を守らなくちゃならなくなる。で、それとはべつに、『レギオン』の仕事として、ミレイユの身も守らなくちゃならない。騎士ってのは、姫様の身を守るためだけに全力をつくすものだろ? 百パーセント姫様のためってのは、いまの俺には無理だ。つか、『レギオン』経由の仕事じゃなかったら、俺は基本的に受けないし」
俺は茶をすすった。
「だから、前にミレイユが言っていた、自分の身は自分で守れるっていうの、期待してるぞ。本当に、いざってときだけ、俺を頼ってくれ」
「ミレイユ姫様の勧誘に、なんたる無礼な返事を――」
いきなりファリーナが立ちあがった。俺は普通に断りの言葉を並べただけなんだが、魔界の礼儀作法的にはまずかったらしい。ミレイユがとめるより早く、ファリーナが俺の前まで近づいてきた。俺の額に手を伸ばす。
「暴力はやめてくれないかな」
ここで、そのファリーナの動きをとめる声があった。ヒジリである。いつの間に接近したのか、ファリーナの腕に手をかけた。ファリーナが敵意の目でヒジリを見る。
「さっきから不愉快なメイドですね」
「それは僕の台詞なんだけど?」
「あの、ふたりとも、暴力は――」
ミレイユが言うより早く、ヒジリとファリーナが組み合う。
やすやすとヒジリがファリーナを組み伏せた。パワー負けしたファリーナが驚きの目でヒジリを見る。
「なぜ私が!? 私はミレイユ姫様がおつくりになった使い魔なのよ!?」
「僕は、そのミレイユさんを引きずっていったこともあるもんでね」
「なんですって! ミレイユ姫様になんという無礼を!」
「力負けしてるのに元気だね」
ヒジリがひょいとファリーナを抱き起こした。似たような背格好でも、生まれが違うからな。内部性能には圧倒的な差があるらしい。立ちあがったファリーナがミレイユのほうをむく。
「ミレイユ姫様、これでよろしいのですか!? ここにいるものたちは、ミレイユ姫様に無礼を働くだけの蛮族ばかりですよ!?」
「それでいいのです。わたくしは、人間界を知るためにきたのですから」
人間が蛮族だということは否定する気がないらしい。ミレイユが俺と宮古に顔をむけた。
「重ね重ね、わたくしの使い魔が申し訳ありませんでした」
「――まあ、べつに気にしてないから」
「あたしも、べつに。かわいい子だし」
「かわいいとはどういうこと? 私は、ミレイユ姫様がおつくりになった、魔王族にお仕えする一級使い魔の」
「抑えなさい」
ミレイユの言葉でファリーナがおとなしくなった。使い魔にもランクがあったのか。俺も知らなかった、
「ま、そういうことで、あらためての自己紹介は、これでいいとするか」
俺は立ちあがった。
「とりあえず、宮古は竜人族だから。それから、俺も自分の身を守らなくちゃならないから、護衛は少し抜けがちになる。そういうもんなんだと思っててくれ」
「わかりました」
ミレイユも立ちあがった。宮古だけは座っている。
「どうした?」
「だから、泊まっていくって言ってるじゃない」
「じゃ、俺はミレイユの部屋に泊まる」
「え!!」
俺もやけくそになって言ったら宮古が目をむいた。ミレイユが赤面してファリーナが俺をにらみつけてヒジリが苦笑する。
「そそそそんなの絶対駄目だから! 霧島くんがそんなことしちゃ駄目だから!」
「だったら宮古は家に帰れ。俺が家まで送ってやるから」
それでも、宮古が納得するまでには一時間ほどかかった。
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