第四章 試合・その1

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「でも、怖かったねー。あたし、霧島くんに助けてもらって、すごくうれしかった」


 とりあえず校舎の掃除をして剣を送還して、家まで帰る途中、宮古が俺に腕をからませたまま言ってきた。ドラゴンブレスのせいで焦げ臭い。アメリカからきたソードファイターとは別れたが、スマホのメルアドとヒジリの回線を教えておいたから、何かあったら連絡してくるだろう。


「だから、おまえは寝てただけだっただろうが」


「でも、寝てる間に、あんなふうに誘拐されちゃったら、やっぱり怖いし。あたし、今日は霧島くんの家に泊まって、守ってもらおうかな」


「おまえ、普段からそんなこと言ってるけど、もし俺が本気になったらどうすんだ? 俺は恋愛が嫌いだって言ってるだけで、女の身体に興味がないわけじゃないんだぞ」


「えーとね」


 完全な竜族ではないからだと思うが、ドラゴンブレスと強靭な鱗肌だけで、宮古の腕力は普通の人間と変わらない。口を押さえてしまえば、あとはどうにでもなる。つまり、たちの悪いのにナンパされたら、相手を焼き殺すか、自分が泣いて逃げるか、あとは適当にあしらうしかないのだ。帰ってくれないかと思いながら軽く脅しをかけたら、宮古が少し考えた。


「あたしもはじめてだし、まず、歯を磨かないと」


「歯あ?」


「だって、ほら、ご飯を食べたあとで、醤油味だったらいやじゃない? それと、汗をかいてるから、お風呂に入って。あと、ワイルドじゃなくて、優しくね。やっぱり最初はムードがなくちゃいけないし。あたし、霧島くんのことは大好きだけど、それでも怖いものは怖いから」


 駄目だ。宮古の奴、本気で言ってる。やっぱり、最終的に口説き落されちまうのかな、などと考える俺を宮古が見あげた。


「あ、それから避妊。赤ちゃんは高校を卒業して、二〇歳になってから」


「親はなんて言ってるんだ?」


「だから、子供は二〇歳になってからだって」


 あ、親も公認なのか。


「あとね、おまえが決めた相手なんだから、強くて優しい、いい人間なんだろう。今度つれてこいって」


 子が子なら親も親とはこのことだな。ま、俺の血筋も言えた義理ではないが。どうやったら俺のことをあきらめてくれるのかな、と思案する俺に気づかない宮古が、からませてる腕に力を入れてきた。それにしても本当に熱烈アピールだよ。そのまま俺を見あげてくる。


「あと、お母さんが言ってたんだけど、竜人族なんだから、強いものに魅かれるのは当然だけど、いくらなんでも魅かれすぎだって。そこまで夢中になれるんだから、その人は、きっと異世界大戦の魔王のように強いんだろうって」


「俺は魔王なんかじゃねーよ。ただのソードファイターだ」


「うん、それは言っておいたけど。でも、霧島くんって、とっても格好いいよ」


「褒めても何もでねーぞ」


「――うーん」


 宮古が、何か考えるような顔をした。


「あのね、霧島くん、前々から思ってたんだけど、あたしって魅力ない?」


「あるよ。はっきり言うけど、かわいい顔してると思うし」


「じゃ、どうして、あたしと付き合ってくれないの?」


「だから、何回も言ってるだろ。俺は恋愛が嫌いで怖いんだ」


「怖いのは最初だけだって言うよ? なんでも、まずはやってみないと」


「そういえば、あのソードファイターとも話をしておかないとな」


 俺は話題を変えた。


「セイラって言ってたな。あの縮地法は本物だった。横から見ていても移動しているのがわからなかったし。よっぽど練習したんだろう」


 ああいう努力家っていうのは俺も嫌いじゃなかった。トリナを殺っちまった手際も鮮やかなもんだったし。俺も、もっと練習量を増やさないとまずいかもしれない。


「ついたわよ霧島くん」


 考えながら歩いてたら宮古が言った。気がついたら俺のアパートの前である。


「あ、いけね。いつもの調子で」


 普段なら、帰る途中で「あたしはこっちだから」とかなんとか言ってくるから、そこで別れていたんだが、今回は言ってこなかったからな。


「もう夜だし、家まで送ってやるから」


 宮古に言ったら、宮古が笑顔で首を振った。


「そんなことしなくていいから。あたし、霧島くんの家に泊まるし」


 のけぞるようなことを言ってきた。泊まるって本気だったらしい。


「おまえなあ。俺だって本当に我慢できなくなることもあるんだぞ」


 普通なら怖がると思うんだが、いまの台詞で、逆に宮古は笑顔で俺を見あげてきた。


「それって既成事実をつくっちゃうってこと? じゃ、責任とってね」


「そうじゃなくてだな」


「霧島さん、帰っていらっしゃったのですか?」


 ここで予想外の声が聞こえた。顔をむけると、四号室の扉があいて、ミレイユが顔をだしている。


 そのまま、こっちまで歩いてきた。後ろにメイド姿のファリーナもいる。


「あら、かわいい子」


 という言葉は、ファリーナを見た宮古のものである。かまわずミレイユが近づいてきた。柳眉をひそめる。


「なんだか、少し焦げ臭いようですが。まさか、たばこでも?」


「冗談じゃない。あんな無意味に金のかかってまずいもん、中学のときに一本だけ吸って即やめたっつの。それよりなんか用か?」


「実は、食事会のあと、霧島さんがお隣に帰られなかったようなので、心配していたのです」


「気にしないでくれ。ちょっとあってな」


「まさか、また魔族が霧島さんに何かされたのでしょうか?」


 ミレイユは、なんだか申し訳なさそうだった。べつに俺は気にしてなかったんだが。


「あの、ミレイユ姫様、よろしいでしょうか?」


 ここでファリーナが言ってきた。魔界のメイドは発言権があるらしい。いや、もともとがミレイユの使い魔だから、そのへんは、少し文化が違うのかもしれなかった。


「何かしら? ファリーナ?」


「このもの、人間界の竜人族です」


 ファリーナが宮古を指さして言ってきた。


「先ほどの騎士の件ですが、ただのソードファイターよりも、竜人族を雇うとよろしいかもしれません」


「――え?」


 ミレイユが意外そうな顔で宮古を見た。宮古が照れ笑いをする。


「そうだったのですか?」


「ええ、まあ、そんなところです」


「それは、気づきませんでした。魔界の竜族とはずいぶんと違うもので」


 そりゃそうだろう。魔界の魔族と人間界の人類だって、天と地ほども違いがある。魔界の竜族と人間界の竜族だって、推して知るべしだ。


「ま、ここじゃなんだし、部屋のなかで話すか」


 俺は自分の部屋を指さした。

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