第三章 騎士・その3
飯は、まあ、普通にうまかった。個人的には肉が欲しかったんだが、それは我慢しよう。ミレイユはミレイユで、日本の文化を学ぼうと大真面目にやっていたんだと思う。
で、普通に夕飯を食い終わった。
「どうでしたか?」
「ちゃんとうまかったよ」
「安心しました。この味付けでよかったのですね」
ミレイユがほほえんだ。最後にお茶がくる。これも日本的なほうじ茶だった。
「それで、あの」
ほうじ茶をすすってたら、ミレイユが、少し、言いにくそうな感じでうつむいた。
「実は、わたくし、このあと、話したいことがあったのです」
「あ、そうだったな」
返事をして、俺はミレイユが切りだすのを少し待った。ミレイユは、なんだか赤面している。
「先に言っておくのですが、わたくしは、決して、霧島さんをだまそうと思っていたわけではないのです。ただ、話の勢いで。言葉の綾と言うのでしょうか」
「ふむふむ。で、どんな言葉の綾だったんだ?」
とりあえず話を促してみた。ミレイユが、思い切った表情で俺を見る。
「わたくしと、霧島さんが、はじめて会ったときのことです。あのときは助けていただいてありがとうございました」
「は?」
「正直に申しあげますが、あのとき、わたくしはヘルハウンドに襲われかけて、血も凍る思いをしていたのです」
「――あ、あれって、やっぱりそうだったのか」
俺はうなずいた。それとはべつにミレイユがうなだれる。
「自己紹介のときは、なぜか、わたくしも正直になれなかったのです。それで、つい虚勢を」
「ま、いいさ。怪我もなかったようだし」
番犬として呼んだとか言っていたのは口からの出任せだったらしい。で、嘘をつきとおすのが苦痛になって、いま、本音を吐露したわけだな。納得しかけ、俺は事態の異常性に気づいた。
「ちょっと待ってくれ。それはそれで問題だぞ。ミレイユは魔王アメシストアイズのひ孫なんだろ」
「はい」
「だったら、ヘルハウンドでもケルベロスでも、とにかく、ああいう人間型じゃない魔獣っていうか、下級魔族は無条件で魔王族の言うことを聞くはずだろうが」
「そのはずなのですが。あのときは、ヘルハウンドに去りなさいと命令しても、なぜか、言うことを聞きませんでした」
「――魔界で何が起こってるんだ?」
「それが、わたくしにも、さっぱり。わたくしがいたころは、何も問題はなかったのですが」
この辺はミレイユの言葉も要領を得なかった。この前の『レギオン』からの話だと、休戦協定を無視した魔族は三匹。少し考える。――俺に喧嘩を売ってきた、ドゾという指弾術の使い手と、それからヘルハウンド。あと、もう一匹。そして、それを追う『レギオン』のソードファイターか。
ま、援護要請もきてるんだから、いつか合流するだろうし、俺もがんばらないとな。
「それで霧島さん」
考える俺の前で、ミレイユが真摯な目をむけてきた。
「あれから考えていたのですが、霧島さんは素晴らしいソードファイターでした。あのヘルハウンドを一撃で追い払うなど。それから、あの、ドゾという方も。やり方は、少し乱暴でしたが」
「そりゃどうも」
「それで、そのような方がわたくしの護衛として行動してくれたら、何よりも心強いと思ったのです」
「やってるだろ。『レギオン』と魔王族の休戦協定で」
「そのような仕事としてではなく。これからは、常に、わたくしの傍らにいて欲しいのです」
なんか、これはこれで、面倒くさそうなことを言ってきた。
「休戦協定の一環ではなく、わたくしが、霧島さんを個人的に雇いなおすということで。給金もそれなりにはずみます。いかがでしょうか?」
「俺は『レギオン』のソードファイターだ」
わかりきっていることだとは思うが、俺はあらためて強調しておいた。
「個人で動く気はない。報酬の契約書とか、いろいろ面倒くさいしな。話があるなら『レギオン』を通してくれ」
スパーン! という派手な音が響いた。軽い衝撃が俺の後頭部に走る。なんだ? 振りむいたらファリーナが物騒な目で俺を見ていた。右手にスリッパを持っている。俺はこれでひっぱたかれたらしい。
「さすが使い魔だな」
俺は驚いた。この俺が背後をとられるとは。どう見ても一〇歳前後の、ただの美少女なんだが、結局は義生物だから気配がないんだろう。ヒジリと同じだ。
それはいいけど俺はゴキブリか。ファリーナが俺をにらみつける。
「この不敬者! ミレイユ姫様が、あなたを騎士として召し抱えようとおっしゃってくださったのに! どういうつもりなのです!」
「いや、どういうつもりも何も」
「ファリーナ、そういうことは考えなくてよろしいのです」
あわてた調子でミレイユが声をかけた。ファリーナが構えていたスリッパを降ろす。
「あなたは食器を片付けていなさい」
「かしこまりましたミレイユ姫様」
慇懃にファリーナが頭を下げ、台所まで行った。背中に拒絶の意思が見える。これは相当嫌われたな。
「ファリーナの無礼をお赦しください」
ミレイユが代わりに謝罪してきた。
「いまの申し出、断るというのでしたら、それはそれで構いません。ただ、気が変わったら、いつでもきてください」
「気が変わったらな」
俺はほうじ茶をすすって、言わなくちゃならないことを思いだした。
「あのな」
「考え直してくださったのですか!?」
うれしそうにミレイユが言ってきた。
「ごめん、そうじゃなくてな。このお茶なんだけど。これ、ほうじ茶だろ? 和食のあとにほうじ茶っていうのは、特に問題ない。これでいいと思う。ただ、日本のお茶っていうのはだな」
俺はティーカップを置いた。指さす。
「こういう、取っ手のついたコップで飲むものじゃないんだ。湯呑みって言って、それ専用の容器があるから。そうじゃなかったら、さっき飯を食ってた茶碗でもいい。そういうので飲むもんだ」
「あ、そうだったのですか」
ミレイユが意外そうにうなずいた。少し残念な顔をしているが、そっちの件は諦めてもらうしかないだろう。
「ちゃんとした日本食になったと思っておりましたのに。最後の最後で油断したようです」
「文化を学ぶっていうのは、そんなに簡単じゃないと俺も思うぜ。俺だって魔界に行ったら訳がわからないだろうし」
言いながら立ちあがった。食事会はこれで終了だろう。
「今度は、霧島さんの食事会にご紹介してくださるとうれしいですわね」
「俺の夕飯も似たようなもんさ」
「つまり、本場の日本食ということですね。とても興味があります」
ミレイユがほほえんだ。こうして見ると、本当に、ただのお姫様だな。異世界大戦で勇者と対決した六大魔王の末裔などと言っても信じる奴はいないだろう。
「じゃ、帰るから。またな」
俺は玄関まで行った。とは言っても、歩いて二メートルである。ミレイユと、それから、ファリーナもきた。
「日本人は音楽を楽しむのと同様に、沈黙をも楽しむと聞いておりましたが、聞いていた通りでした」
最後にミレイユが声をかけてきた。
「しゃべらない食事会というのも、これからは勉強しなくてはなりません」
「そう思ってくれたらうれしいよ。これは日本の禅の思想だ――?」
その場で思いつきのでたらめを言いかけ、俺はポケットに手を突っこんだ。
「どうなさいました?」
「いや、なんでもない。おやすみ」
俺はミレイユの部屋をでた。スマホをだす。
メールは宮古からのものだったが、用件がおかしかった。
『この機械の持ち主を返して欲しかったら夜の学校まできてもらうわ』
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