第二章 魔族来襲・その2
「なんだ?」
俺は扉をあけた。ブレザー服のミレイユが、少し困った顔で立っている。
「あの、ちょっと困ったことが」
「あ、ミレイユさんか」
ヒジリもやってきた。ミレイユが俺の背後に目をやり、不思議そうな目をする。
「こちらのお嬢さんは、霧島さんの妹ですか?」
勘違いも仕方がないだろう。ヒジリのオートマトンは人間にしか見えない。俺は右手をあげ、もう指輪がはまっていないことを見せた。
「これは、『レギオン』で購入したAIジュエルだよ。オートマトンにはめればメイドとして働いてくれる。名前はヒジリ。それで?」
「――オートマトンに頼っているのですか?」
ミレイユは、なんだか意外そうだった。
「ご家族はどうされているのです?」
「親ならふたりともいないよ。どこかで生きてるとは思うけど」
普通に事実を言っただけなのだが、ミレイユは少し驚いた顔をした。
「ひょっとして、いま、わたくしは愚かな質問をしたのでしょうか?」
「気にしなくていい」
「そう言ってくださると助かります」
「それで、困ったことって?」
「あの、実は」
ミレイユが、少し恥ずかしそうにした。
「食材は、どこで売っているのでしょうか?」
「は?」
と返事をしてから気づいた。引っ越してきたばっかりだからな。
ただ。
「帰る途中、商店街を通っただろうが。あそこで売ってるぞ」
ミレイユの好みなんて知らないが、あそこに行けばパンも米も野菜も魚も肉も卵も買える。調味料は、砂糖、塩、酢、醤油、ソースと味噌があれば問題ないだろう。いやジャムもか?
だが、ミレイユの返事は予想外のものだった。
「あの、霧島さんも一緒に買っていただけないでしょうか?」
「なんでだよ?」
「実は、わたくし、買い物をしたことが一度もなくて」
「――だって、学校で、自分のことは自分でできるって言ってただろうが」
「あれは、自分の身は自分で守れると言ったのです」
言われて思いだした。そういえば、少しニュアンスが違うかも。
「そういうわけで、一緒に買い物をして欲しいのですが」
「――ま、いいけどさ。でも、こっちにきたら、自分で買い物をするってことくらい想像できなかったのか?」
「もちろん想像できました。ただ、いざ本番となると、やはり不安が」
「あ、そういうことか」
俺はミレイユの言葉を笑わなかった。気持ちはわかる。俺も『レギオン』で妖魔退治のシミュレーションはこなしたが、練習と本番は違ったからな。
具体的に言うと、死ぬのが怖くて仕方がなかった。いまは意識的に恐怖を抑えこめるが、最初は震えて吐いたりしたものである。ミレイユも同じなんだろう。
「じゃ、行くか」
俺は靴を履いた。財布は上着のポケットに入っている。
「あのさ、霧島」
振りむくと、ヒジリが近づいてきた。
「僕も一緒に行こうか? ポン酢とマヨネーズとゴマダレが減ってきたから買わないといけないし」
「お、そうか。じゃ、行かないと」
俺もうなずいた。『レギオン』のソードファイターとはいえ、実生活はこんなもんである。オートマトンも外出させないと痛んでくるし。
鍵をかけて、俺とヒジリとミレイユが商店街へ歩きだした。
「ヒジリさんは、なぜ、まだ未成年の姿なのでしょうか?」
商店街へ行く途中、ミレイユが興味深そうな感じで訊いてきた。本当に空気を読まないで、興味があったらなんでも訊いてくるんだな。俺の横を歩いているヒジリがミレイユのほうを見あげる。
「最初にこの身体をつくった人が、そういう風にデザインを注文したんだよ」
ミレイユが小首をかしげた。
「最初につくった人というのは、開発者のことでしょうか?」
「そうじゃない。このオートマトンは中古なんだ」
代わりに俺が説明した。
「昔、『レギオン』にいた人間が特注でつくらせたみたいなんだけどな。で、いろいろあって、格安で売りにだされていたのを俺が買ったんだ。ひとり暮らしで飯つくるのも面倒だったし」
「なるほど、お話はわかりました」
俺の説明にミレイユがうなずいた。
「では、最初にヒジリさんのオートマトンを注文した方は、なぜ、ヒジリさんを手放したのでしょうか?」
「さあ?」
ヒジリが自分の手の指輪――要するに本体を指差した。
「この身体は中古だけど、僕は新品で、最初から霧島のものだし」
「俺も詳しいことは聞いてなかったからな」
これは嘘である。ヒジリのもとの持ち主が誰なのか、俺は知っていた。六大魔王のひとり、エメラルドアイズをたおした女勇者の子孫のひとりで、確か、死んだ娘を再現させたとか言ってたっけ。イギリスと中国のハーフだったかな。当の本人は何年か前、妖魔退治で不覚をとったんだが、これはミレイユが知らなくていい話だ。いまごろ天国で本物の娘と楽しくやってるだろう。
「そうだったのですか」
俺の返事を疑いもせずに聞き、ミレイユが少し考えた。
「霧島さんは、なぜ、新品のオートマトンを購入されなかったのでしょうか?」
「そんな金、ひとり暮らしの高校生にあるわけないだろ。ひい爺さんが使っていた聖剣は聖遺物扱いで『レギオン』のアメリカ本部に保管されてるし、俺はソードファイターで勇者じゃないから使うことを許されてない。だから新規に専用の剣をつくったし、あとは召喚補助用のAIジュエルを買っただけで限界がきた。これでも『レギオン』には借金が三千万ある」
「――三千万とは、アメリカで三〇万ドルですか?」
ミレイユが驚いた顔をした。ミレイユはこっちの世界の金銭感覚も把握しているらしい。
「『レギオン』も、かなりの先行投資をされたのですね」
「ぶっちゃけ俺もビビってるよ。ほかの連中にも言われたな。『ここまで金銭的に追い詰められた勇者なんて見たことない』とかなんとか。俺は勇者じゃなくてソードファイターだって言ってるのに、わからない奴はどこにでもいる」
「なぜ、霧島さんは勇者として登録されなかったのでしょうか?」
心配顔で、ミレイユがいやなことを訊いてきた。
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